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第8回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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おとなになるまで
 投稿時刻 : 2013.08.18 01:34
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おとなになるまで
塩中 吉里


 外まであとすこしというところで、エリコは捕また。
「待ちなさい、きみ」
 黒服の男はエリコからジラルミンケースを取り上げて、中を検めはじめた。こどものエリコでも運べる小型のケースを、男は片手のヒラで支えて、もう片方の手で器用にフタを開けている。
「これは、虫?」
 ケースから人工虫たちが入た試験管が引き出される。エリコの育てた虫たちは光に弱い。ケースから出されたかれらの寿命は短く、末路は近い。色鮮やかな線虫がガラスの中で身をねじるようにくねらせて、最後の力で試験管の口から飛び出した。黒服の男は、至極冷静に、手の甲にすがりついていた虫を潰した。
「きみ、中央研究小学の制服じないか。ホーム一番の秀才が、こんなものを外に持ち出して、どうするつもりだたの」
 ぬめた指を黒服になすりつけて、男がたずねてくる。外、というのは、エリコがくらしているホームの境界の外側を指している。ホームから放逐された人々と、飢えた野生の金魚がうろつく悪徳の地。エリコたちの文明が金魚にすくわれた日からずと続いている世界の在り方だ。
 ある日突然、ほんとうに突然に、エリコたちの先祖は、金魚にすくわれてしまた。それはかつて先祖が娯楽のため金魚をすくいすぎたためだとか、全ての獣に宿る精霊の恨みがたまたま金魚を代行者にしたからだとか、脳科学者が秘密裏に施した論理転換の実験が上手くいきすぎたためだとか、原因はさまざまに議論されていたが、とにかく、そうなてしまた。エリコたちは唯一安全な、ホームと呼ばれる狭い土地に、互いの場所を奪い合うようにしてすみついている。外が金魚の捕食場ならば、ホームは養殖場だ。直ぐに食べられることはないが、増えすぎたら間引きで外に放出される。犯罪を犯すか、そうでなければ歳をとた者から順に。
「わたし、持ち出すつもりなんてなかたわ、おじさん」
 エリコが答えると、男は不思議そうな顔で、フタの空いたケースと、手の甲の潰れた虫と、エリコの顔を眺めた。エリコは高らかに笑うとその場から身を翻して駆け去た。
 おじさん、いくつ? わたしは十二歳。その虫、お腹に卵がたぷり入ているの。光に当たると、死を予感して、近くのものに産みつける。おじさん、あと何年で外に行く? わたしがおとなになるまでに、外に行て、金魚に食べられて、あいつらに病気をたくさんうつしてちうだいネ。金魚のいない、きれいな世界。おねがいよ。
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