目の前にいる頭のおかしな男のことをいちいち写真には撮らない
広島県三次市にあるぶどう園でぶどう狩りをしていた時のこと、目の前に中東系で髭面の男が不意にや
って来て、
「やっぱ、あれっすかねえ」と私に話しかけた。土の匂いのする、白っぽい衣も身にまとっている。何なのだ、この男は?
「皇室の血筋を引いた外務大臣が、『中国、ごめん』と言い残して、天安門広場で切腹でもしたら、中国は過去の日本の過ちをすっかり許し、未来永劫に渡って日本の罪を問わないってことになりませんかねえ」
面倒なので聞かない振りをする。今の私はぶどう狩りに忙しいのだ。入園料の元を取るために、しっかり収穫しなければ。
「そんな可能性はないですかねえ」
男はなおも私に話しかけるが、こちらとしては完全に無視。……いや、どうしたことだろう? 男は自分が摘んだぶどうを私の籠の中に入れてくれている。しかも、ぶどう選びは慎重で、しっかり熟した粒の揃ったものしか籠には入れてこない。
「可能性か、1%ぐらいはあるかもねえ」
何の話だったか、よく思い出せないにしても、私は適当に相槌を打つかのように、そう応えた。摘んでくれているぶどうに対する、ささやかな感謝のつもりなのである。
「そうでしょう? イエス・キリストの死で人類の罪が許されるのも、要するにそういうことなんですよ」
「いや、どうなんでしょうね」
もしかして宗教の勧誘かと思い、私は口ごもる。
「ご存知ですか、イエスは婚礼の席で水をぶどう酒に変えたのです」
「何となく聞いたことはありますけど」
「ところが、いいぶどうがないのです」
「それはお気の毒に」
「だから……」今度は男が口ごもる番だった。「このぶどうを私にください」
「はぁ?」
「私、実はイエス・キリストなんです」
何を言っているのか、この男は。
「一緒に記念撮影をしましょう。ほら、そこにカメラがあるでしょう」
イエスは、じゃなかった、男は私が肩からかけていたカメラを指差して言う。
あの時代にカメラなんてあるものか。しかも、イエスならぶどうの調達なんか、自分ですればいい。いや、現にこの男は自分で調達しているのだが、そういう意味ではなくて、地面からぶどうの木でも生じさせて、瞬時に実らせればいい。この男が本当にイエス・キリストならば。
「知ってます。ここでは写真を撮る時に、『はい、チーズ』って言うアルヨですよね? ごめんなさい。時空の歪みが生じ、言語回路がバグりました」
「さっきでフィルムを使い果たしたよ、悪いけど」私は関わりたくなくて、口から出まかせを言った。
「残念ですね。私だって一枚ぐらい写真に残って、ウィキペディアに載りたいですよ」
「あのなあ、こんなことは言いたくないけど、変な理由でぶどうを横取りしようとするのは、やめてくれないか。私は今日、ぶどうをたくさん摘んで、家でジャムを作りたいんだ。この美味しい三次のぶどうでね」
「私だって」イエスを名乗る男は負けずに言い返してきた。「このぶどうでぶどう酒を作り、婚宴の席でみなに飲ませたいスムニダ」
また、時空の歪みでも発生したか?
「バカバカしい。生のぶどうを発酵もさせないで、ぶどう酒ができるもんか」
「今すぐできます、ほら口の中に注ぎます」
そう言うと男はぶどうを一房取り、天を仰ぎながら何やら唱え始めた。
「とうちゃん。罪深き不信仰なるこの男を許したまえ」
男が言い終わるや否や、その手にあったぶどうは瞬時に消えてなくなり、私の口の中には今まで味わったことのないぶどう酒が満ち溢れたいた。
信じられず、男の顔をまじまじと眺める。この男、もしかしたら、イエス・キリストではないとしても、サイババのような超能力者なのかもしれない。
「では、ぶどうをいただきますね。それから、あなたの安全のため、駐車場にあったあなたの車は故障させておきました。だって、飲酒運転なんていけないアルヨ」
そう言い残して、男はぶどうと共に姿を消した。
手ぶらで駐車場に戻ってみると、私の車だけではなく、他人の車もあちこちで故障しているようだった。
私は昔読んだ新約聖書を思い出し、ありとあらゆるところで辻褄が合わない物語に辟易していたが、もしあれがイエス・キリストならば、弟子たちも頑張って本当のことを書き残しただけに過ぎないのではないか、と思えるのだった。