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年間王者はダレだ? バトルロイヤルheisei25
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宏観異常現象
 投稿時刻 : 2013.12.22 23:03
 字数 : 7773
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宏観異常現象
たこ(酢漬け)


 目が覚めると既に夕暮れだた。丸一日寝ていたことになる。こうして私の一日は過ぎていく。差し込む夕日に照らされ、部屋の中の宙に浮いた埃が、まるでアメーバのようにふわふわと漂ていた。
 昨晩のアルコールに浸されて、身体はとても重い。動かすのに一苦労で、このまま死んでしまいたいくらいだ。
 妙な韻を踏んで眠りについた昨晩はなんだか幻のようで、記憶を探てみても、頭からはからからと閑古鳥の音がするだけだた。
 相変わらず視界の中にアメーバは漂ているが、それが部屋を舞う埃のせいなのか、自分の飛蚊症のせいなのかもう区別がつかなくなた。
 さて、身体を動かそうとするも、相変わらず重く、なんだか私は石像のようになてしまたかと思うが、そうというわけでもなく、ただ自分の気力が足りないだけということに気づく。腕一本動かすにも一苦労で、まるで、自分の腕ではないように思えてくる。そういえばいつだたか、腕がとれたような気がしたが、あれは夢幻の類なのか、それとも現実なのか今ではもう区別がつかない。
 このように虚構と現実が入り乱れる私の生活では、まず、どのように目覚めるか、ということから始まる。そうして、起きたとして、どのように食事を取るか、どのように顔を洗うか、どのように着替えるか、どのように歯を磨くか、どのように家を出て、どのように車を運転し、どのように仕事をして、またどのように食事をして、そしてどのように一日を終えるか、というまさにフロートのようなものが待ている。
 そうして、どのように風呂に入り、どのように眠りにつくか、一つ一つのことを考える。一つ一つの分岐が、私の生活であり、そしてまた私の人生である。
 昨日は大量のアルコールに浸されたあげく、記憶まで失たため、なんだかよく思い出せない。思い出そうとすると、なんだかぼやけた映像と音が出てくるのみであり、これでは覚えていないと同じようなものだ。
 寝床を抜け出し、テーブルのほうへ目をやると、缶ビールの空き缶が大量に放置されており、それらは床の上にまで侵食をしていた。
 要するに部屋の中が混沌と化しているわけだが、どうしてそんなことになているのか、全く身に覚えが無かた。
 棚から、ゴミ袋を取り出し、部屋の中に散らばたそれらを袋の中に放り投げた。拾ては放り、拾ては放り、袋がいぱいになれば袋を代え、再びその行動を繰り返した。
 しかし、いつまでたても部屋の中のごみは減らず、よく見れば袋に穴が開いているではないかということに気づき、ゴミ袋を取り替えるも、一向に変化を見せず、もしや部屋の中のごみが増えているな、もはやこれまでと思い、部屋を後にした。帰るころにはきと片付いているだろうという希望的観測もそのままにして、私は歩きだす。
 外に出てみれば、晴れているというのに、ところどころに水溜りがあり、道路は湿ていた。ついさき雨が降たのかと思い、天気予報を見てみれば、「晴れ時々注意」というわけの分からない予報を示していた。
 缶コーヒーを買おうと店に入り、試しに店員に「雨でも降たのかい」と聞いてみれば「猫が降たらしいよ、あるいは秋刀魚」というわけの分からない回答をしてきたので、苦笑いのまま代金をそこに置き、店を後にした。
 一息つこうと缶コーヒーを開けて飲んでみると、いつもと味が違う。それはまるでコーヒーではなく、もう一度味わてみると、紅茶だということが分かた。缶コーヒーの缶の中に、紅茶が入ているとは一体どういうことだと思いつつ、これはこれで呑めなくもないなと思い、それでも何かとんでもないものが入ていたらどうしようと思いつつ、一気に飲み干した。缶の淵に残た雫を見てみれば、それは赤く、れきとした紅茶のように思えたので、胸をなでおろした。
 しかし、それにしてもおかしい。目を覚ました時からおかしいとは思ていたが、なにやら世界があべこべなことになている。無限に増殖するごみ、壊れた天気予報、表示と一致しない飲み物。
 一体どこで何がどう狂てしまたのか、分かるはずもなかた。分かるはずのないことを延々と考えていても答えが出るはずも無く、分からないことは分からないままそとしておけばいいものを、どうして分からないのと思い、そしてまた分からなくなる。廻り廻る思考の果てに一体どこへたどり着くのか、分かるはずもなく、一体何を考えていたのかすらも分からなくなる。分からない分からないと言ているうちに分かることも分からなくなり、何が分かて何が分からないのか分からないまま何も分からなくなり、最終的には、何も分からないんだなということが分かる。
 さて、何も分からないということが分かたところで、どうするべきか。どうするもこうするも無かたが、とりあえず歩いてみることにした。猫が降たら、それまでだ。秋刀魚が降たらそれまでだ。まるで歌うように歩き出した。相変わらず道には水溜りがところどころあり、道路は乾く気配が無かた。それなのに、太陽はかんかんと照り続け、まるで真夏のような日差しが降り注いだ。
 降り注ぐ太陽光と乾かない水。私は「乾かない水」とこそりつぶやいてみた。それで何かが変化するようなことは無かたが、言葉にすることで、この混沌をいくらかでもうまくやていけるような気がした。気がしただけだが。
 さてここで僕はふとしたことに気づく。家を出たのは夕方だたはずだ。部屋の窓からは確かに西日が差しこんでいた。西日に照らされる缶ビールの空き缶の姿を私は忘れない。確かに夕方だたのに太陽はいまおそらく一番高い位置かその近くにある。ちらと時計に目をやると、確かに正午近くを指示していた。
 あべこべは街だけでなく、時間をも浸食していた。いまさらそんなことで驚くわけもないが、それではいつ寝ればいいのか、と少々不安になる。おそらく疲れた時に寝床に入るというのが自然な形なのだろうが、そうすると昨日までの私の生活はどうなるのかという思いがあり、これでもちとした仕事をもているのであり、それはどうなるのか、という不安もある。おそらく時計が出社時刻を示した時にその場にいればいいのだが、時計の変化についていかなければならないとすればあまりにも酷である。
 確かにそうではあるのだがそういたことを今考えてもらちが開かず、私はひとまず今歩いている道を歩き続けることにした。しかし、歩けば歩くほど周囲はあべこべになり、ぼくは商店街から、森の中を歩き、そこはいつしか砂漠となり、駱駝とともに歩いた揚句、
南極にまで放りだされた。寒さに凍えながらペンギンと戯れていると、そこは北極となり、ペンギンは白熊に置き換わり、白熊の重さで割れた氷の隙間から私は海に落ち、気がつけば再び商店街に戻ていた。
 そんな風になたものだから、私の息は上がり、肩で呼吸をし、少々の間休まざるを得なくなた。私が止まれば周囲の変容も少しおさまり、ところどころ色合いだたり、物のバランスがおかしいものの、混沌は収束を見せた。もういいかと思い、再度動き出すと、今度は視界のアメーバ増殖の気配を見せだしたので、もう一度私は止また。
 止まては動き止まては動きを繰り返していると、少しずつ進むことができた。そうやていれば周囲の混沌も悪化することなく、それぞれに適した速度で、といてもあべこべは直りそうにもなかたが、進んでいくことができた。
 そうして進んでいくと、道行く先に傘が落ちていた。色は黒で、少々旧めな、番傘のようなデザインをしていた。おそらく日傘だろうとおもていたら案の定日傘のようで、色こそ違えど、それを見て私は古い絵画を思い出した。
 その絵画はこの世界では考えられないほど明るい色遣いで、私の心をうとりさせた。しかし、そんな絵画を思い出したからといて、この世界が彩色豊かになるわけでもなく、日傘を差した女性がただぼんやりと浮かび上がるだけだた。その女性は動くでもなく、かといて静止しているわけでもなく、ぼんやりと蜃気楼のように揺らいで、そうして揺らいでは僕の心を惑わし、その幻惑は僕の心をとらえて離さなくなり、とらえられた私はまるでうず潮に飲み込まれる小舟のようにくるくる回ては落ちていくのだた。
 そうして落ちて行た私、いや、あるいは僕であろうか、僕は、落ちきたあと砂漠に落こちた。その砂漠はまるで布団のように柔らかく、僕が着地すると、砂埃が綿毛のように舞い上がた。起き上て周りを見渡すと、当たり前のように一面の砂漠が広がり、遠くには幻のようにオアシスの都市が揺らいでいた。そうして僕は当たり前のようにオアシスの都市を目指すが、その影は揺らいでは離れ、揺らいでは離れ、僕は一向にたどりつける気配がしなかた。
 遠くに駱駝を見かけたが、その駱駝との距離も縮まるはずはなく、ここでは僕と、対象との距離が一定のまま縮まることはなく、永遠に平行線をたどるようであた。
 この世に完璧な並行線があるとすれば、それは絶対に交わることはなく、その絶対は無限である。無限に続く平行線の中、僕は一方の線を永遠に歩き続け、もう一方の線には何があるのだろうと、これまた永遠に想像し続ける。そうした永遠の想像にも限界があり、僕は眠りにつき、目覚めては想像し、そうして眠りについては再び目覚め想像する。そんな無限なサイクルもいつまでも続くはずはなく、そうして僕は限界に達し、無限の眠りにつく。
 この間およそ十分程であり、僕は目覚めると再び砂漠の上に寝転んでいた。
 永遠の想像も時には一瞬で起こり、あるいはその一瞬が永遠である。そんなことを思いながら、はて、紙に一本の線を引き、それを平行線だと言い張てみたらどうなるだろうか、ということを僕は思いつく。
 おそらくそれは一本の線であり、あるいは平行線であり、そう信じる人にとてのみそうであるのだろう。
 今の僕には、こんなくらいにしか考えが至らないが、そういうことにしておこうと思う。気づけば僕はオアシスの都市のことを忘れ、駱駝の姿も失念し、周囲はいつしかの街に戻ていた。振り向けばそこに日傘があり、この間に僕は数歩進んだだけのようであた。相変わらず太陽は天頂に燦々と輝き、夕方に家を出たというのに、夜なのに真昼のようであた。
 北欧には白夜というものがあるようだが、それとはまた違う、肌を焦がす真夏の日差しがそこにはあた。
 たた数歩の間に、百歩も千歩も歩いたようであるが、しかしそれは数歩の前進であり、現実には、それだけの進展しかなかた。しかし、僕はどうにかしてこのあべこべの中を進まなければならないのであり、選択肢はそこにはなかた。
 進むという選択肢しかないとすれば当然意を決して進むほかないのであり、それはもはや語る必要すらないことである。にもかかわらず僕がこうして語り続けているのは一体何の理由によるのか。この世界を記述することによて一体何がもたらされるというのか。あるいはそこにはもはや何もなく、語るということは語る行為そのものによて循環的に基礎づけられるほかないのかもしれない。もはや語られる必要がないことについて語るということはむしろ自己満足の域に存在するのかもしれないが、語るほかないのであるから仕方がないのである。
 こういた無意味でわけのわからない馬鹿なことを語ている間にも、僕を取り囲む無彩色の世界はうねうねと蛇のように動き波打ていた。
 時間の矢は止まることを知らず、順序はめちくちになているものの、それだけはなぜか正常であた。あるいはこれは語るという行為に内在した制約なのかもしれないが。と、いうことは置いておいて、いつしか日は落ち、夜になていた。腕時計はもうめちくちで、正確な時間を知ることはできない。ただわかるのは、時計の針は動いている、ということだけであた。
 夜になれば当然街には明かりが灯り、夜空には月が輝くようになる。しかしそれらの光はどこか冷たげで、白かあるいは灰色の光を発していた。
 当然気温も下がり、少し肌寒くなてきた。真夏であることが幸いしてか、なんとか過ごせそうであるが、吹き抜ける風は少し冷たく、羽織るものがほしくなた。
 月はどこか歪んでいて、兎の姿どころか人の横顔も見えなかた。一度は月で餅つきをする兎を見てみたいものだが、生まれてこの方一度も見た試しがない。あるいはこの世界では可能なのかもしれないが、今いるこの場所から、どうやて月まで行くのか、ちとも分かる気がしなかた。
 街灯には数匹の羽虫が群がていて、その姿もどこかずれていた。羽根が曲がていたり、体がどこか曲がていたり、飛び方が妙に不規則だたり。灰色の街灯の周りを羽虫は楽しそうに飛び回り、そのリズムは変拍子でまとまりがなく、羽音は不協和音だた。
 「飛んで火に入るなんとやら」
 僕はそう呟いて、飛び回る羽虫を指差した。そんなことに意味があるはずないと思て差し出した指先に、一匹の蛾がとまた。よく見れば触角があり、目があり、胴体からは羽根が生え、蛾ではあるものの、どこか蛾でないような不安感を僕にもたらし、じと観察すれば、その蛾は目を回してした。
 目を回した蛾の目をじと見ているとこちらまで目を回しそうになり、再び目の前がぐにりと歪んだので、これは不味いと思い、手を振り指を振り、蛾を振り払た。
 振り払たものの、まさかこの短期間で僕になついたのか、空中で体を翻し、僕のところへ戻てきた。そうして、僕の視界の中をぶんぶん飛び、僕の視覚を撹乱したあげく、その蛾は僕の肩にとまた。
 よく見れば、まだ目を回していた。
 目を回している蛾は、これまで見たことの無いようなものだた。色は無色透明に近く、うすらと光を放ていることで、その輪郭が見て取れた。体躯は相変わらずねじれていて、こやつの消化器官類はどうなているのかと、目を疑た。
 蛾は羽を小刻みに震わせながら、僕の肩の上を歩き回ていた。目を回しているせいか、その足取りはどことなくふらついていて、今にも肩から転げ落ちてしまいそうだた。それでもこの蛾が転げ落ちないのは、きと、足に小さな鍵爪やら、繊毛やらが備わているからだろう。そうして、蛾は、目を回しながら、ふらついた足取りで、不規則な円を描きながら肩の上を歩き回ていた。
 僕が息を吹きかけると、蛾は驚いたのか、光る燐粉を舞い上げて飛び立た。燐粉は街灯の光に反射して、凍た雪の結晶のようにひかり、毒性があるか気になたものの、それはそれできれいなものだた。飛び立た蛾はゆくりと空中を旋回して、再び光を求めて灯りのほうへ飛び立ていた。
 蛾が飛び立つとどことなく寂しさが残た。飛び立た蛾は群れをなして相変わらず街灯の明かりと戯れている。蛾が羽ばたくたびに銀色に光た鱗粉が舞い落ちてきた。それは微かに私の方にも残ており、息を吹きかけると、これまた銀色に光て舞い散た。いつしか街灯の周りに、というか私の周りに飛び回る蛾の数が増え、あれよあれよという間に私は蛾に覆い尽くされ、あたりは鱗粉でいぱいになり、一面の世界が広がるようになていた。もはや蛾は街灯の光に集まるというよりは、私のほうに群がるようになり、一体私のどこにこの昆虫はひきつけられるのかと思い、しかしそんなことわかるはずもなく、もはやこの蛾は昆虫としての性質もゆがめてしまたのかと思い、ため息をつく。
 払ても払ても蛾は私にまとわりつき、息を吸い込めば蛾の鱗粉を吸い込む羽目になてしまた。マスクがほしいと思うがそんなもの携帯しているはずもなく、手で口と鼻を覆うも、気休めにしかならなかた。むしろ蛾を払う手が一本少なくなたおかげで、蛾が私の体に止まり羽を休める率が高くなたほどだ。
 鱗粉に毒性があるかわからなかたが、吸い込むのはよくないと思い、なるべく呼吸をしないようにした。それでも、息継ぎの間に鱗粉は隙間から入り込み、今頃私の肺は銀色に染まているのだろうなと思い、それも悪くはないなと思うがやはりできる限り吸い込まないように努力した。
 しかしその努力も虚しく、いつしか私の吐く息には鱗粉が混じり、私は銀色の息を吐き出すようになた。それはそれできれいなものだがこちらとしては気がきではなく、私は一体どれだけの鱗粉を、あるいは毒を吸い込んだのか、計算し始める羽目となた。そんなもの私が計算してもわかるはずないのに。
 相変わらず蛾たちは楽しそうに飛び回り、私は蛾の群れを手を振り体を振り、駆け抜けることにした。私が走ると、少しの間蛾を払いのけることができたものの、街灯に惹かれなくなたこの虫は私を追いかけて飛び回ることとなた。追いつき追い越され回り込み、蛾との鬼ごこらしきものは、なかなか終わる気配もなく、鱗粉交じりの銀色の息を吐きながら、私は息も絶え絶えになり、それでも走り続けると、蛾の群れは新たな興味の対象を見つけたのか、そちらへ飛び立ていた。一匹の蛾が私の方に残り、羽を震わせながら周りをきろきろとしている様はどことなくかわいらしさがあたものの、わたしはふと息を吹きかけた。息を吹きかけると蛾はどこかへ羽ばたいていき、銀色の鱗粉だけを私の方に残して、一つの喧騒が終わりを告げた。
 相変わらず息には鱗粉が混じり、息を吐くたびに銀色の吐息を吐き出していたが、それも徐々に薄くなり、息苦しさも消えた。
 空中に浮遊した銀粉がなんだか輝いているように見えたが、気のせいかもしれないし、いや本当に輝いているのかもしれないし、風に吹かれてどこかへと飛んで行た。
 私はまだ歩き続けているのかもしれないし実は歩いていないのかもしれない。完全に言語的存在である私はどこへ向かうのかもわからずただこうして歩いている。
 もしかすると歩いているのではなく、ただ自らを増殖しているのであり、それを私は歩いていると感じているのかもしれない。増殖ということを歩くと感じるのは一体どういうことか。ま、よく分からない。
 そうして私の眼前には存在のみがただ無限に広がていき。存在がひらひらと宙を舞いさまよていく。私の存在もそうして無限に宙をさまよていく。
 そんな言語的存在である。
 私は宙を舞う。
 私は変化する。
 私は変態する。
 私はメタモルフゼする。
 私はおかしくなていく。
 お、か、、しく
 おかしくなて・・・・

 私のこれまでの旅路を簡単にまとめれば目が覚めたのち、すべての言語が宙を舞い、最終的には蛾の鱗粉となた。いささか簡単すぎるかもしれないがもはやそういうことである。
 それらすべてが私であり、私ではない。
 全ての言葉が私という存在に収斂され、私は私たりうるし私は言語でありうる。このような世界をいかにして記述するかは読者の想像に任せるが、それは全て言語であろう。
 その時は言語という存在が私という存在を離れまた貴方のもとで宙を舞うであろう。
 それもまたまたくのあべこべである。
 ここまでを記述した私に言えることは以下の事だけである。
 月が赤く光ていた。
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