独り言の多い日
 今日ほど、そこかしこで独り言を耳にした日はないだろう。
 そんな一日だ
った。
 まずは通勤電車内からしておかしい。
「あー。もうクリスマスかぁ~。俺も、ほら、最近よく言うぼっちってやつ?」
 学校が冬休みだからだろうか。運良く座れた俺の頭上で、そんな声がした。
 チッ。
 これから会社まで、つかの間の休息をとろうというのに。
 よりによって、こんな近くに車掌君(車両内で、自発的に行き先案内などのアナウンスを大きな声でする困った人)がいるなんて。
 しかも今日は、いってることがおかしいよ。この電車は特別快速だろ? 次は新宿だろ? ちゃんとアナウンスしろよ! オマエの孤独アピールはどうでもいいんだよ。
 結局、四ッ谷で俺が降車するまで頭上の独り言は続いた。
 時折、若い女が相づちを打っていたような気もするが、たぶん幻聴だ。
 だってそうだろ? 車掌君に話相手がいるわけないじゃないか。
 怪異現象は昼休みにも起きた。
 愛妻弁当がどうのこうの、という話が続きそうだったので職場を脱出しファミレスへ。
 ランチメニューのハンバーグを食べているときのことだ。
 パーティションの向こう側から、なにやら脂っこい声がする。
 顔を上げると、磨りガラスに黒い影が映っていた。たぶん、スーツのリーマンだろう。
「俺もさ、昔は遊んだものさ。ちょっとワルだったし――。もう周りはみんな家族持ちだから、最近は寂しいもんだけど」
 チッ。
 中年リーマンのワル自慢かよ。うっとうしいな。
 せっかくのランチがまずくなるだろうが!
 結局、その禍々しい独り言は俺が席を立つまで聞こえていた。
 磨りガラスの向こうに、もう一人。何か明るい色の影が映っていたような気もするがたぶん幻覚だ。
 だってそうだろ? そんな面倒なやつと同席してくれる人なんているわけないじゃないか。
 一日の仕事をなんとか終えて、アパートの最寄り駅にかえってくる。
 仕事も大詰めだが、今日は変な独り言ばかり聞いていたせいで、頭がグラグラする。
 でも、踏切を渡って路地を入ればもう部屋はすぐだ。
 ん?
 今日に限って、人が多いな。
 足下から視線をあげると、遮断機の前に若者くんがずらりと並んでいる。
「結局、このメンツでクリスマスかー」
「男ばっかでつまんねー!」
「まあ、なんでもいいよ。ぼっちの会もこうして無事にクリスマスを迎えられるんだから」
 ――!!
 なんだ、と!?
 いま、そこの無印っぽい若者はなにをいった?
 冷静になれ。
 俺は、自分に言い聞かせる。
 そうだ。こいつらは独り言をつぶやく個々人なのだ。
 偶然。本当に偶然、会話っぽく聞こえただけで。互いに相手を認識しているわけではない。
 だって、自分でぼっちっていってるじゃないか。
 孤高のぼっちが、男同士で酒飲んでクリスマスなんて。そんな友情ごっこみたいなこと、できるはずがない!
 
 俺は、静かに視線をアスファルトに落とし、アパートへと急いだ。
 今日はいくらなんでも独り言が多すぎる。
 一刻も早く部屋に帰って寝てしまおう。
 今日は俺以外、なんかヘンだ。