第15回 てきすとぽい杯
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最後の人間
投稿時刻 : 2014.03.08 23:15
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最後の人間
犬子蓮木


 桜が散ていく。
 風が吹き、花びらがななめに流れるように落ちていく。地面はもう花びらでいぱいだた。そのどれもが元のような綺麗な桜色ではなく、汚れくすんだ茶色に染まり、それから、終わてしまた命を嘆くこともなくにただあるがままに朽ちていく。
 世界はうつろぐ。
 鳥が曇り空を舞い、川は濁たままで流れていく。いつかはどちらも晴れるだろう。そのいつかは、ある程度約束されていて、だけど遠い遠い未来のことだ。
 未来は輝いていると誰かが言ただろう。
 過去は黒い卵のように静寂で、ゆくりと音を立てて殻にヒビが入ていくイメージ。現在はそんな割れそうな卵の前で、中身を楽しみにしている子供なのかもしれない。その子供の目は輝いていることだろうさ。割れた卵の中身から、雛も生まれず、また卵が、そう、マトリシカのように繰り返し繰り返し幾重にも表れるのを見るまでは。
 そうして絶望が生まれる。
 否、生まれたのは諦めである。
 なんど卵が割れるのを見ただろう。なんどその中から、また卵が表れるのを見ただろう。子供は泣き出して、もう卵を見ることはやめてしまうかもしれない。子供は怒て、卵を上から叩き割てしまうかもしれない。百億の重なる殻の下に、空虚で小さな希望の雛がいることに気付かずに……
 夢を見ていた。
 輝かしい過去の夢を。
 繁栄していた。繁殖していた。繁雑で、複雑で、混線した感情を持た人間達が、世界を空気のように覆ていた。それは人にとて輝かしい過去の卵。叩きつぶしてしまた死の卵。誰もが未来を望んでいたのに、潰れてしまえば、そんな卵があた時代が眩しくて仕方がないはずだ。
 現在をただそのままに見るとしよう。

 つらなるはやまのようにかさなたおびただしいまでのひとのしたい。

 世界は血すらもなく汚れてしまた。桜のように風情良く散る瞬間すらもなかた。みんな内側だけがついえてしまたのだ。だから崩れて落ちた肉体だけが残ている。
 地球は言た。
「これでなんどめだろう」
 地球は言た。
「だけどこんかいはすこしちがう」
 地球は言た。
「いくらかはやく」
 地球は言た。
「ひとりたりない」
 地球は言た。
 ゆえにまだ終わてはいない。
 最強の矛と最強の盾が存在する。どちらが勝つか? それは勝利の定義の問題でしかない。矛はあるひとつ以外の数十億のすべてを滅し、盾はそのマイナスひとつだけを守り抜いた。たまたま所有者が同じであたのだ。矛と盾、どちらが勝たか、君に決めることができるだろうか?
 そんな君はもう存在しない。肥やしにあふれた世界を駆ける犬は、矛盾という言葉を知りはしない。今、目を覚ましたばかりの猫は、あくびをして、またもうひとねむりをはじめた。
 ある架空の問いがある。
『宗教戦争をなくすにはどうすればいいか』
 答えは簡単に二つ浮かぶだろう。すべての宗教が統合されてひとつとなるか、すべての宗教が消滅して無となるか。ゼロとイチ。大きく違うそのふたつが、ともにある方程式の解であるのだ。
 今はどちらかはわかりはしない。
 入力された値がどちらかを知ることはできなくとも、結果は常に存在する。
 世界に平和が訪れた。
 もちろん定義次第ではあるのだけど。
 狼が鹿を襲ている。
 鴨が虫をついばんでいる。
 もしかしたら、まだまだ数兆の宗教が彼らの中にあるのかもしれない。だけどそこまでの責任を持てる人間はいない。
 明日は、だいたいやてくる。
 地球か太陽が壊れる日までは、約束されたシンプルに輝かしく眩しい未来だ。夜という過去よりは明確に明るい。だけどもう少しさかのぼれば、同じ明度の過去もあただろう。忘れてさえいなければ。
 叫んだ。
 歌た。
 笑た。
 泣いた。
 膝をついた地面は固い。ほんとうはもとやわらかかたところを人が固くしたのだ。固い地面が人間だたものを受け入れてくれはしない。最適解のコンクリートロードは、余計な能力を持てはおらず、ただ屍肉をあさる動物のための食卓となる。
 もういいだろうか。
 旅に出るとしよう。
 世界はどこだて同じ光景のはずだ。目の前の景色は大人しく、遠く遠くの景色もきと大人しいだろう。そんな想像を確かめるために、旅に出る意味がある。
 はじまりでも終わりでもなく、ただとある出力の結果が、続いている世界のスケジルに刻まれたに過ぎない。
 地球は、少しだけまわて、また目を瞑た。               <了>
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