てきすとぽい
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第二回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動一周年記念〉
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魔術師の夜
(
長介
)
投稿時刻 : 2013.02.16 23:29
最終更新 : 2013.02.16 23:38
字数 : 1918
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2013/02/16 23:38:07
-
2013/02/16 23:29:22
魔術師の夜
長介
「お客様の中にお医者さんはいら
っ
し
ゃ
いませんか?」と魔術師が声を張り上げ、ふむふむと居並ぶ私たちを眺め渡したあと「はい、ではそちらの青いスー
ツの男のかた」と細くて長い指で手招きすると、水色のスー
ツに赤いネクタイの背広の中年男が照れながら舞台にあがり、トランプを引いたり風船を持たされたり、あざやかなマジ
ッ
クにひ
ゃ
ー
!と大仰に驚いたりするのを見ながら、さほど羨ましい気持ちもなく、むしろ医者でなくてよか
っ
たと思いながら、私は酸
っ
ぱいワインをすす
っ
ていた。
「では助手をしてくださ
っ
た褒美に、貴方を鳩に変えて差し上げまし
ょ
う!空を飛べますよ。」と魔術師が笑いかけるのに、スー
ツの男は意外に舞台度胸があるようで、「鳩にな
っ
たら今よりモテるかもしれません」などとズブい冗談で答えながら、魔術師がかぶせてくるつやつやした大きな布を素直にかぶ
っ
たが、足元まで布で隠れたと思
っ
た瞬間に、その身体は消えて布は床に落ちた。
おお!とどよめく声のなか、布の裾から一羽の鳩がひ
ょ
こひ
ょ
こと現れ、その首にはご丁寧にさ
っ
きまで男が締めていたのとそ
っ
くりな赤いネクタイがぶらさが
っ
ている。魔術師がそ
っ
と手を差し伸べると、鳩はその手にとまり、手を差し上げるとぱたぱたと飛んで、舞台上の細い鉄骨の上に止まると私たちを見下ろした。
「では次です!お客様の中に、今日柏餅を食べた方はいら
っ
し
ゃ
いますか?」と魔術師は声を張り上げ、「おや、三人もいら
っ
し
ゃ
る!面白いですね!」とくすくす笑うと誰かを指さし、若い女性が大張り切りで舞台にあがり、踊りださんばかりの勢いで助手をつとめ始める。「わたしも今日柏餅食べてくればよか
っ
た!」と連れが小声で嘆くのをまあまあ、とおざなりになだめつつ、チー
ズをつまみサラミをつまみワインを舐めながら私は舞台をさしたる熱もなく漫然と見ている。やがて女性はやはり布をかぶせられて白ネコに変わり、たた
っ
と舞台端の足場を駆け上がると、鉄骨の上に身体を横たえた。
次に呼び出されたのは今日が誕生日の人で上品な老婆だ
っ
たが、助手をつとめることもなく即座にカエルに変わり、その次は男でも女でもない人という条件でオカマが身をよじらせながら駆け上がり、魔術師にラブコー
ルを送
っ
たあとコウモリに変わ
っ
た。その次は眼の奥が痛む人、その次は愛を信じていない人で、その条件を聞いたとたん連れは「はい!はい!」と元気よく手を挙げ、即座に指名されて小さく私に手を振りながら舞台に向か
っ
ていき、数十分後にはカラスにな
っ
ていた。私はどんどん酸味を増すワインに口をつけたまま手のひらをひらひらさせ、次から次へと摩訶不思議な条件で客が呼び出されては消えるのを見続けたが、私にあてはまる条件は何ひとつなく、呑めば呑むほど酔いは醒めてゆくようだ
っ
た。
いつか魔術師も客も声を発しなくなり、拍手の音は絶えて聴こえなくな
っ
てい
っ
たのだが、最後に魔術師が、黒く渦巻く影のようなものを一本の葉巻に変えてみせ、ふところからライター
を取り出して、ふう
っ
、と煙を吐くまで、私は舞台にのぼる客が、いつのまにか人間ではない何かにな
っ
ていることにすら気づかなか
っ
た。
「さ、どうぞ。」気だるそうに魔術師は私を招き、私は立ち上がろうとしたがすでに腰は長時間座り
っ
ぱなしの痺れと酔いでぐに
ゃ
ぐに
ゃ
にな
っ
ており、四つん這いにな
っ
たままのそのそと必死に舞台にのぼり魔術師を見上げたが、魔術師の肩越しには、鉄骨の上に並んで感情のない目で見下ろしてくる生き物たちが見えた。
私は何者でもないのですか、と私は言いかけたがその言葉すら舌先でもつれ、思わず涙ぐむのを魔術師は優しい目で見て、あの光沢のある布をだま
っ
て手渡した。よろよろと立ち上が
っ
てその布を魔術師にかぶせると、魔術師は一瞬にして姿を消し、布はそのまま床の上にし
ゃ
らし
ゃ
らと広が
っ
た。そのとき、(何者でもないから、魔術師になるのですよ)いう魔術師の最後の囁きがきこえ、私は心の中に光をともされた気持ちで、ああそうだ私が後を継ぐのだと思うとうれしくて踊り出しそうで、手始めに連れたちを元に戻さなき
ゃ
と上を見上げると、あれほどたくさんいた生き物たちの姿は掻き消えていて、客席を見やるとそこにはただ暗闇が広がるばかりだ
っ
た。
それから私は、魔術師として、客が来るのを待ち続けているのだが、客席の闇はい
っ
かな変わりばえもなく、何かの気配がすることすらない。もしかしたら私は騙されたのかもしれない、私は魔術師ではないのかもしれない、と誰もいない薄緑色のライトに照らされた舞台で布を振りつつ考えると気が狂いそうになる時もある。だがもう、私は自分が誰だ
っ
たのかすら、うまく思い出せないのだ。
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