青年は、いつも利用しているレンタルビデオ店に映画を借りてきていた。あわせて三本。古いものと、そこそこ新しいものと、今日出たばかりの新作をそれぞれ一本ずつ。週末、彼は自宅でそれらの映画を観る以外には予定が無か
った。ちなみに、“そういう”ビデオは借りなかった。彼はいつも、それはそれで、また別の店で借りることにしているのだった。
「会員証はお持ちですか?」
彼は、毎度聞かされるその質問に、うんざりしていた。彼は、心のせまい、寂しい青年だった。だが、同時に小心者でもあった。
「はい、持っています」彼はいつも、律儀に答えながら会員証を出す。
「新作のご利用泊数はいかがなさいますか?」
「一泊で」
「スタンプカードはお持ちですか?」
「いいえ、持っていません」
「無料でお作り出来ますが、いかがなさいますか?」
「いいえ、結構です」
「では、お客様の中にサトウ様はいらっしゃいませんか?」
「……え?」
青年は、聞き間違いだと思った。青年の名前は、ハセガワだった。
「……え、いいえ」それにしても、もし自分がサトウだったとして、〈――の中にサトウは――〉とはどういう意味なんだろう? 青年は不思議に思いながらも、何とかそう答えた。
「えッ?」レジの女性店員は、予想外の答えに驚いたように、言った。「サトウ様、いらっしゃらないんですか? お客様の中に……」
青年は、わけがわからなかった。
「えッ……いえ、いませんよ。ちなみに、ぼくはハセガワですが……」
女性店員の顔が、みるみる青ざめていく。彼女は、あわてて、奥へと引っ込んだ。奥からは何か、男性の怒鳴り声が聞こえてきた。ほどなくして、スキンヘッドのいかつい、エプロンのひどく似合わない男が出てきた。
「お客さん、ちょっとこっちへ」そう言って腕をつかまれ、店の奥へと引っ張っていかれた。
「どういうことなんです? お客さんの中に、サトウ様がいらっしゃらないって」
「えッ、いえ、どういうことって……ぼくはハセガワで、サトウ様なんて……」
「ちょっと、警察呼びます」
「えッ? ちょっと待ってください。どういうことなんですか? わけがわかりませんよ。説明してください」
しかし、青年の訴えは聞き入れられなかった。すぐに警官が二人、やって来た。
「きみ、本当にサトウ様がいらっしゃらないの? 君のなか」
青年は、先ほどと同じように否定を繰り返した。
二人の警官は、参ったな、というような顔を見合わせながら、何か小声で相談しあっていた。
やがて、一人の警官が意を決したように青年に手錠をかけ、もう一人が、彼の腰に縄をかけた。
そうして、青年は連れて行かれた。
青年が連れて行かれた先は、意外にも、取調室ではなく、病院だった。
「たぶんね、記憶違いだと思うんだ。思い込みっていうかね。きみが自分の中にサトウ様がいないと言ってるのは」
白衣の若い男が、青年の顔をのぞきこむようにして言った。彼は、担架に縛り付けられ、身動きがとれないようにされていた。
それから、青年は血を取られたり、脈をはかられたり、レントゲンを撮られたりした。