第二回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動一周年記念〉
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共産党書記局長の名前
投稿時刻 : 2013.02.16 23:07
字数 : 2586
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共産党書記局長の名前
なんじや・それ太郎


「お客様の中にお医者様はいらいませんか」
車掌の声が大きく響く。遊説旅行に向かう共産党の委員長が、東京駅の新幹線ホームで何者かに狙撃されたのであた。頭から血を流し、ピクリとも動かない委員長の姿を見てしまた多くの乗客は、目の前の人物の死を確信せずにはいられなかた。総選挙の投票を翌日に控えた朝の惨事であた。

そもそも今回の総選挙は、安倍内閣の圧倒的な支持に支えられ自民党の楽勝ムードだた。自民党が単独で3分の2以上の議席、すなわち320議席を確保するのは確実視されていた。先の参議院での圧勝に引き続き、ここでも勝てば安倍総理の悲願である憲法改正が現実的となる。少なくとも、憲法改正の手続き(96条)の改正は、選挙直後にも早急に行われるとの見通しであた。

護憲を掲げる共産党は、健気にも全選挙区に候補を立て、これに挑む体勢をとたが、いつものように供託金を没収されるだけの、虚しい戦いになることが予想された。中国は選挙の公示に先立て尖閣諸島周辺の領海を度々侵犯したが、それはかえて安倍内閣への支持を固めただけであた。

しかし、共産党への追い風となるような事件は立て続けに起きた。まず、大島優子が栃木一区から立候補、所属政党はまさかの共産党。寿司屋を営む実父が民商のメンバであたことは、週刊文春でも嗅ぎつけることはできなかたようだ。相手は自民党の船田元。「AKBの恋愛は解禁しても、船田元の不倫は禁止したい!」と応援に駆けつけた前田敦子は言てのけた。キンタローまでやてきて、「期日前フライング投票ゲト!」などと、わけのわからないことを口走りながらも投票を呼びかけた。

次の事件は投票の二日前に起きた。朝鮮半島非武装地帯で鶴の研究を行なていた日米の学者らが、北朝鮮の発砲により死傷。韓国軍が応戦したため、緊張が高まる。HKTの森保まどかは、「自衛隊が朝鮮での戦争に巻き込まれるのはイヤ」とググタスに綴た。この率直な意見はあちこちに転載され共感を呼んだ。北朝鮮は軍事境界線を一時的に突破。ソウルなどの各地で爆弾テロが発生。そして気になることに、竹島にある韓国警備隊基地の通信が相当時間途絶えていることが、防衛省の消息筋の口から語られた。竹島で韓国と北朝鮮が衝突でもしたのか?

そして最後の事件が共産党委員長の暗殺だた。現場から素早く姿を消した犯人は、右翼の跳ね返りと予想されたが、詳細は不明。誰かがスマホで撮影した狙撃直後の映像は衝撃的で、警備に当たていた警視庁の対応のまずさが指摘された。共産党は急遽、書記局長が選挙の陣頭指揮をとたものの、マスコミは以前にも増して大島優子を共産党の顔として扱うようになる。

選挙の投票率は80%超えと見込まれ、史上空前の激戦であた。大島優子の当選は早々と伝えられたが、その他の選挙区は自共伯仲。関東ブロクの比例区で最初に当選が決またのは、何と共産党の候補者の方が先、という激戦ぶりだた。自民党に投票すれば戦争に巻き込まれる、との国民の懸念や、共産党委員長暗殺による同情票と右翼離れが今回の選挙を左右してしまたようだ。

国民が固唾を呑んで開票速報を見守る中、陸上自衛隊の一部がクーデターの動きを見せた。共産党政権の誕生が国防上危険との認識からである。警視庁は今回も動かなかた。スカイツリーは真先に制圧され、そのエリアではテレビがまたく見られなくなた。テレビ局や新聞社も例外ではない。制服の自衛官がテレビ局に乗り込む姿は、生々しい映像として地方には届けられた。もはや開票速報どころの騒ぎではなかた。大島優子はともかく、安倍総理すら所在不明となた。首謀者は誰なのか、次の総理は誰になるのか、いや、日本の権力体制はこれからいたいどうなてしまうのか?

その時である。森保まどかがまたしてもググタスに書き込んだ。
「竹島で北朝鮮と韓国が戦闘をしたらしいけど、どちらが勝ても『独島を守たのは俺だ』と言わせないために、海上自衛隊は両軍を撃破したんでし? 今や竹島は海上自衛隊の制圧化にある。なのにそんな海上自衛隊は、今回の危機に対して目をつむていられるのかしら? 本当の敵は東京にいます。海上自衛隊のみなさん、反乱を起こした部隊と戦てください。戦争に巻き込まれるのはイヤだけど、戦わないのはもとイヤ!」

とある潜水艦の艦長は、この文章を読んで一言つぶやいた。「制圧化? 『化』の字が違う」

かくして「化の字文書」と名づけられたこの檄文は、海上自衛隊を奮い立たせたばかりでなく、国民は竹島を巡る彼らの活躍をも知らされることとなた。また、森保まどかがAKBグループであることから、大島優子も当然海上自衛隊に期待を寄せているという憶測がなされた。

その夜のうちに、横須賀基地の全艦が電灯艦飾で東京湾に姿を現した。やる気満々の海上自衛隊を前に、反乱軍は徐々に撤収を始めた。陸上部隊だけでは、海上自衛隊には勝てない、との認識は間違てはいまい。テレビは復活し、軟禁状態を解かれた安倍総理や大島優子らが、画面を通して冷静な対応と秩序の回復を求めた。そして、開票の結果も遅ればせながら伝えられたのであた。

自民党222議席、共産党222議席……。まさに死闘の名に相応しい結果であた。

翌日、自共連立内閣の発表がなされ、安倍総理は続投、共産党書記局長は副総理。大島優子の少子化対策担当相としての入閣も決また。クーデターの首謀者はただちに逮捕され、多くの隊員は命令に従ただけであると不問にされた。特筆すべきなのは憲法秩序の回復に大きく貢献した森保まどかの処遇である。彼女は女子高生ながら憲法の番人として最高裁判事に任命されることとなた。

大島優子少子化対策担当大臣が、森保まどか最高裁判事に聞いた。
「どうして竹島防衛行動のことを知たの? ずと極秘にされていたのに」
「2ちんねるが荒らされていたの」森保まどかが答えた。「海上自衛隊は泥棒だて」
大島優子は溜息をついた。確かに韓国人には日本の秘密を守る義理なんてない。
「秘密といえば」森保まどか最高裁判事が質問した。「共産党の書記局長の名前て秘密なんですか?」
「そんなことないわ。ただ知らないだけなの」と大島優子が呆れたように答えた。「作者も、これを読んでいるみんなも」
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