お客様の中に＿＿＿はいらっしゃいませんか？
　まどろみから覚める数瞬前、そんな言葉を耳にしたような気がする。まだ意識ははっきりしないが、車内は騒然としている様子だ。
　いったい何が起きたのかは分からないが、私の安眠を邪魔するとは甚だ無礼ではないか。この電車の中での安眠を心待ちにして電車に乗り、電車の安眠がために居酒屋で日本酒を一献やってきたのだ。
　しかしながら覚めてしまったものは仕方がない。いささか不本意ながら目をこすって目をさますことにする。ガヤガヤと人の声が入り交じっていてイマイチ状況は把握できぬが何やらただならぬことが起きている様子である。ただならぬ様子ではあるが電車は止まっておらず、窓の外の景色は早々と移り変わっていく。ただならぬことが起こっているといっても私のあずかり知らぬところである。
　不満気に窓の外を見ているのだが、どうにも周りが煩くてしようがない。風呂敷の中から携帯音楽プレーヤーを取り出して、イヤホンを耳にはめる。いつもよりも音量を大きくして、外界からの振動を鼓膜に伝わらんようにしてやる。
　憮然とした面持ちの己が窓に映っている。なんとも不細工な顔だが仕方あるまい。生まれてからずっとの付き合いである。慣れたものだ。そんな見慣れた自分の顔を仔細に観察しているうちに再びまどろみの中へと飲み込まれていった。

　お客様の中に爆弾処理班の方はいらっしゃいませんか？
　そんなものがいるわけがない。
　荒唐無稽なそのアナウンスはそれが夢であろうことを告げている。
　夢を夢であると自覚することは滅多にないが、今日はそれをしてしまったらしい。夢のなかで夢と気付くなど夢の趣もわびさびもあったものではないが、気づいてしまったものをいまさら忘れるなどという技術は身につけておらず、夢のなかではもはや眠気が消え去ってしまっている。
　誰も挙手せぬものだから、ついつい挙手してしまった。
　これが夢ならば、とっとと爆弾なりを爆発させてしまえば別の夢に移行できるわけであり、さすれば夢と気づかぬ夢を見ることができるやも知れぬのだ。
　車掌だか客室乗務員だかわからぬ輩に案内されて、行った先は御不浄、便座を上げて用をたすところにただならぬ雰囲気をまとった爆弾が設置されていた。車掌の言う話にはたった今連絡が入り、トイレに爆弾が設置されていること、列車が停まったら爆発する仕掛けになっていることが知らされたのだという。
　なんとも物騒な世の中である。これではうかうか車中で腹痛も起こせぬ。
　物売りの女がなにやら道具をいろいろと持ってきていて、何を使うのかと問うてきたが、それを手で制して、腰に下げた刀を抜いた。
　爆弾なぞ、一刀両断にたたっ斬るしまえばよいのだ。
　ええい！

　お客様の中に正義の味方の方はいらっしゃいませんか？
　また、夢のなかである。
　どうやら爆弾は爆発したらしいが、別の夢のなかでまで夢と気づいてしまったらしい。
　正義の味方など、今度は先程よりも甚だふざけた夢である。ふざけていると憤慨して文句でも垂れてやろうと立ち上がってみると、奇妙な姿をした怪人が乗客の令嬢を人質にとって何やら喚いているではないか。秘密結社のこうこうこういうもので、目的はこうこうこういうことであり、その崇高な目的のためこうこうこういうものがこうこうこういう方法で戦っているという口上である。涙ぐましい努力であるのはわかるが、秘密結社の構成員たるものが堂々と名を名乗るなど馬鹿にも程がある。いわゆるゆとり世代というやつであろう。秘密結社も毎年新入社員を迎え入れるだけの資金が潤沢にあるようだ。
　さて、私が立ち上がってしまったものだから、その怪人に目をつけられてしまった。
　怪人は怒り狂ったように、なにやら言語ならぬ言語を吐き散らすと、長い触手をしならせて私の方に打ち出してきた。
　すんでのところでそいつをかわすと隣席の乗客をひとっ飛びに乗り越え、中央の廊下を一気に駆けた。
　二手、三手と次々と繰り出される攻撃をかわしては、刀で切り結び、懐まで一気に踏み込んで入ると脇差を抜き放ち、怪人の人質を押さえていない方の手を斬り、もう一方の刀で足を両断した。
　怪人の断末を聞き、返り血を浴びながら私は次の夢は気づかぬようにと願い、怪人を一刀両断に叩ききった。

　お客様の中に魔法少女の方はいらっしゃいませんか？
　私は天井のスピーカーを一刀両断に叩ききった。

　お客様の中にお侍様はいらっしゃいませんか？
　これは夢であろうか、現実であろうか？
　もはや幾度、客の中に何者かを探す声を聞けばよいのだろうか。
　私はその声を聞くたびに何かを叩き斬り、夢から逃れようと懸命にもがくのだが、どうもそれが悪い方向に行っているような気がする。
　もはや、その声を無視すれば良いのだろうが、今度ばかりはそうもいかぬ様子である。
　今度は電車の中でない。
　目をさましてみれば、なにやら屋敷の庭の様子である。
　はて？と思って首をかしげ、あたりの様子を見て、また別の方に首を傾げる。
　お客様の中にお侍様はいらっしゃいませんか？
　どこからともなく聞こえてくるその声は、私を促している様子でもある。
　仕方なく、「私が侍だ！」と声をあげる。すると屋敷の障子の奥から声がした。
「曲者じゃ！であえ！であえ！」
　今度もまた立っ斬らねばならぬようである。

　お客様の中に夢を見ている方はいらっしゃいませんか？
　それは私のことである。
　私は夢を見ているのだ。
　とびきり面倒で、厄介な夢を。
　私だ！
　と言おうとするのだが、どうにも声が出ぬ。
　何やら、嫌な予感がする。
　必死になって叫ぼうとするが、やはり声は出ない。

　いらっしゃらないようですね。

　いや、いる。ここに、私が。

　では、出発いたします。

　待て、置いて行かないでくれ。
　頼む。
　待ってくれ！








　お客様の中に小説を書いているはいらっしゃいませんか？
　
　いらっしゃいませんね。

　では、出発いたします。

1 2 3 4 5 投票しない	感想：7
ログインして投票