てきすとぽい
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第17回 てきすとぽい杯〈GW特別編〉
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シーサイド・ヒル
(
大沢愛
)
投稿時刻 : 2014.05.03 23:44
字数 : 2376
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シーサイド・ヒル
大沢愛
午後十時半を回
っ
ていた。海沿いの県道には、ところどころに無料駐車場が設えてある。アイドリング状態で止めた車のLEDライトがガラス越しに見える。夜釣りの客ならもう少し海水浴場寄りに行くはずだ。わざわざ五月の夜に人気の絶えた場所にいる理由については身に覚えがなくもない。今にして思えばげんなりする。
別れた男とのあれやこれやは神経を逆立てる異物でしかない。ところが男の側からすると「いい思い出」みたいで、何年も前に別れた相手から思い出したようにメー
ルが来たりする。
〈ひさしぶり。元気にしてる?この間、新車買
っ
た♪慣らし運転で近くまで来て、ついメー
ルしち
ゃ
っ
た〉
こ
っ
ちの出方を探る文面が神経に障る。これが好き放題な要求を重ねた挙句、私の友だちと二股かけて別れた男の言うことだろうか。ひと言でも言い返せば調子づくに決ま
っ
ている。ことさら着信拒否にすると深読みしてアパー
トの外でクラクシ
ョ
ンを鳴らしたりする。黙
っ
て消去して、ひたすら無視するしかない。
夕食を終えてバスタブにお湯を溜めている時にメー
ルが入
っ
た。週末のこの時間は、それぞれ予定に従
っ
て過ごしている時間だ。暇つぶしメー
ルを送ると足元を見られる。点滅するデ
ィ
スプレイを開くと、トシキからだ
っ
た。友だちのキ
ョ
ウコがつきあ
っ
ていた相手だ
っ
た。彼女がいなくな
っ
てから一時期、つるんでいて、元彼、になりかか
っ
たこともある。結局、初めて一緒に週末の駐車場へ行
っ
た日に、新しい彼女ができたと告げられた。なら連れて来るなよ、と言いそうにな
っ
たけれど、ルー
ムライトの下で心底すまなそうにしている顔を見ているうちに、自分でも分からない衝動が芽生えた。スイ
ッ
チに手を伸ばして消すと、運転席にのトシキにのしかか
っ
ていた。押しのけようとする腕を払いのけて、吐息を唇で覆
っ
た。二時間後、アパー
ト近くの路上で車を下りたあと、二度と顔を合わせなか
っ
た。メー
ルはすべて無視した。問題の彼女とは別れたらしい。届いた文面から、それを交換条件にしようとする臭いが伝わ
っ
てきたところで一気に醒めた。肝腎なところで自分から動けない男は、付き合うほどに疲れてくる。キ
ョ
ウコの名前とともに記憶のごみ箱に放り込んだ。
〈キ
ョ
ウコを見つけた。今すぐ来てほしい〉
トシキのメー
ルはそれだけだ
っ
た。何度も見直した。行方不明にな
っ
てから三年が経つ。あのころの週末には放心状態のトシキを助手席に乗せて、海沿いの町をくまなく走り回
っ
た。心当たりの場所、というのは要するにトシキとキ
ョ
ウコがふたりで出かけた場所だ
っ
た。デー
トスポ
ッ
ト巡りを繰り返しているうちに、少しずつ口もほぐれてきた。キ
ョ
ウコがひとりで行きそうな場所についてはトシキは何も知らなか
っ
た。「だ
っ
てさ、俺と付き合
っ
ていたんだから」確かにそうかもしれない。なら、いなくな
っ
た女を探すこと自体、無意味な行為になる。それを言うと本気で落ち込んだ。キ
ョ
ウコが前彼と一緒に行
っ
た場所はさんざん聞かされていたけれど、トシキには言わなか
っ
た。さらにその前の彼とのデー
トスポ
ッ
トも。全部ぶちまければトシキは壊れてしまうかもしれない。それでも、キ
ョ
ウコ好みのイケメンとは少し異なる丸顔のトシキを載せてのドライブは、ひ
っ
そりとした楽しみにもな
っ
ていたのだ。会社からの帰途、車にガソリンを満タンにしていた。バスのお湯を止めて、手早く着替えてエンジンキー
を取り上げた。
海沿いの道を左に折れて、山道に入る。ヘ
ッ
ドライトが灌木の茂みを撫で、目の奥に残像を重ねる。ギアが下に切り替わり、上り坂は急になる。山肌を左に見ながら曲がりくね
っ
た道を進むうちに、不意に視界が開けた。
海が見える。木柵に沿
っ
て走り、崖の上に突き出た駐車場に出る。暗がりの中に車が一台、止ま
っ
ているのが分かる。一台ぶんの距離をあけて、隣に寄せる。ミニバンだ
っ
た。ドアが開いて、人影が降り立
っ
た。ヘ
ッ
ドライトの前を横切る瞬間、顔が浮かび上がる。
トシキだ
っ
た。
運転席側に回り込み、ガラスを軽くノ
ッ
クする。エンジンを止めて、車から外に出る。崖下から波の音が湧き上がる。潮の香りが、ね
っ
とりとした湿気とともにまとわりつく。車から離れる。背後でドアが自動でロ
ッ
クされる。振り向くと、黒い影法師にな
っ
たトシキがこちらを見下ろしていた。
「ようやく、見つか
っ
た」
声はどこか冷ややかだ
っ
た。三年前の、ひとの顔色を窺うような気弱さは感じられない。
「お
っ
そい」
溜め息をつきながら、星空を仰ぐ。ここから見る夜空は、いつだ
っ
て星でい
っ
ぱいだ。
「そこの廃ホテルだ
っ
たんだね。あの頃から幽霊屋敷で有名だ
っ
たけれど、ど
っ
ちかというとヤンキー
の溜まり場のイメー
ジが強か
っ
た」
ヒー
ルなしで正解だ
っ
た。有刺鉄線と板で囲まれているけれど、敷地に入れば雑草が生い茂
っ
ている。チノパンにしようかとも思
っ
た。でも、トシキがいるなら無理してでもスカー
トだ。
「高校時代のキ
ョ
ウコにはおなじみの場所だよ。アンタ、本当に知らなか
っ
たわけ?」
ゆ
っ
くりと舗面を歩き始める。砂利を踏む音が闇に響く。
「その高校時代、キ
ョ
ウコの仲間に連れ込まれた
っ
てね」
廃ホテルのシルエ
ッ
トが浮かび上がる。埃だらけのフロアと、すりむけた膝や手のひらの痛み。割れたガラスのそばで微笑むキ
ョ
ウコの顔。
「そういうつまんないことを嗅ぎ回
っ
ているからダメなのよ、アンタ」
駐車場出口の木柵が近づいてくる。背後で、そうだね、という声がした。
「取り返しのつかないことをぐじぐじ悩んでないで、シ
ャ
キ
ッ
としなさいよ。カ
ッ
コつける場面でし
ょ
」
いつの間にか左横に影が並んでいた。左手を握られる。強く握り返す。こんなに大きな手のひらだ
っ
たんだ、と思う。
「これからどうするか、決めているんだよね?」
答えはなか
っ
た。代わりに、手のひらが握り返される。思いのほか、柔らかい手だ
っ
た。
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