第17回 てきすとぽい杯〈GW特別編〉
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桜屋敷
茶屋
投稿時刻 : 2014.05.03 23:18
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桜屋敷
茶屋


 きと少女がいた。
 ずと昔、
 もしくは、
 遠い未来。
 少女はどこかの時間に属し、確かに存在していた。

「そこで何をしてるの?」
 少女はそうあなたに問いかけてくる。
「外を、見ていたんだ」
 あなたはそう答え、窓の外に視線を移す。そこには川が流れ、それにそて桜並木がある。
「散てしまたから」
 あなたの声は少し淋しげだ。
「あんなに満開だたのにね」
「散てしまうと、何だかとても」
「来年も咲くよ」
……
「来年もまた見れるよ」
 来年というその言葉。その概念。
 今のあなたとは大きく隔たた何か。
 来年も桜を見ることができるのだろうかと、あなたは思うのだた。

 葉が散ていく。
 桜はますます貧相で寂しげだ。花を散らせた時とは大違いで、華やかさは全くない。
 一年のうちの一時の美しさのためだけにあちこちに植えられる桜。
 ひとときの幻の木。僅かな夢の亡骸。
「どうしたの?ため息なんかついて」
「もうすぐ、冬だなと思てさ」
 そう言てあなたはまたため息をつくと、少女はおかしそうに笑た。
「そんなに冬が嫌い?」
「勿論。寒いからね」
「ふーん。あなたがそんなこと気にするとは思わなかた」
 少女は不思議そうに首を傾げる。
 そう。あなたは寒いのが苦手だ。今も、昔も、これからも。

 少女はいない。
 少なくとも、今、目の前には。
 桜も咲いていない。

 青い葉からは強い生命力を感じる。
 植えたばかりの頃はいかにも元気のなさそうに葉がへたていたので、萎れてしまうのではないとあなたは心配していた。
 けれどもそんな心配を他所に、桜はしかりと根を張り始め天に向かう決意をしたようだ。
 少女は今日も桜に水を与えている。
 彼女はとても楽しそうに笑ている。
 多分彼女は未来を見ているのだろう。未来の桜を。未来に花咲く桜を。
 少女はあなたに言う。
 いつか桜が咲いたら一緒に見ましう、と。
 そう、いつか。
 いつか桜が咲くのだろうが。
 ただ、それがいつなのか。来年なのか、明日なのか、それとも昨日なのか、あなたには検討もつかない。

 あなたは家鳴りで目を覚ます。
 大きな音だた。今にもこの屋敷が崩れてしまうのではないのかと思うほどに。
 夢の中で少女は廊下をわたてあなたに会いに来ようとしていた。
 夢とわかていても、あなたは廊下を確認せずにはおれなかた。
 勿論そこには闇と静寂しかなかた。
 そして、窓の外に目をやてもまだ桜は咲いていない。

 あなたは川沿いを見る。
 とても殺風景だ。
「いかがしました?」
「何もないんだね」
 少女は問いかけ、あなたは答える。
「そうですね。なんとも殺風景ですね」
「桜でも植えればいいんじないかな」
「桜ですか?」
「そう、桜。あそこにはとても似合うような気がする」
 少女は俯いている。
 泣いているかもしれない、とあなたは思う。
「僕は見れなくともいいんだ。誰かが、それを見て楽しめれば。あまりにもこの風景は殺風景すぎるよ」
 もう、春だ。
 春には桜がいい。
 そう思いながら、あなたは水を口に含み眠る。

 少女はあなたを見て悲鳴をあげる。
 そして、あなたに背を向ける。
 あなたは追いかけようとするが、やめた。
 窓の外に目をやる。
 悲鳴を聞いた外の子らも逃げていく様子だた。
 屋敷はもう古い。
 訪れるものがここを幽霊屋敷と呼んでいることをあなたは悲しく思ている。

 夏。屋敷はまだ新しい。
 花火が見え、聞こえる。光の後に、音がやてくる。
 あなたは窓からそれを眺めている。
「ほら、花火だよ」
 少女はあなたに答えるかのようにかすかに微笑んだ。
「花火……
 あなたは何故だかとても悲しい。
 光が明滅するたびに、少女の顔が照らしだされる。もう彼女は目をつむり、寝ている。
 あなたは静かに泣く。
 来年の桜は見れそうもない。

 屋敷はとてもとても長い時代を生きてきた。
 屋敷はとてもとても長い時間桜を見守てきた。
 そして屋敷には、少女がいた。
 きと少女がいた。
 ずと昔、
 もしくは、
 遠い未来。
 少女はどこかの時間に属し、確かに存在していた。
 だが、今、この時は少女はいない。
 あなたもいない。
 ただ、桜だけが咲いている。
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