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第18回 てきすとぽい杯
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自由に記述せよ
茶屋
 投稿時刻 : 2014.06.14 23:30 最終更新 : 2014.06.14 23:35
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- 2014.06.14 23:35:14
- 2014.06.14 23:30:27
自由に記述せよ
茶屋


 自由だ。
 自由らしい。
 自由らしいのだが、何が自由かと言われるとちと困る。
 自由と言われれば何をしてもいい気がするのだが、結局のところ自由という概念に縛られている気もする。
「人間は自由という刑に処せられている」
 そんな風にジン=ポール・サルトルは言うのだけれど、自由になた末に「責任取てよね」なんて顔を赤らめながら言われるのだからこちらとしてはたまたものではない。突然貯金通帳に大金が振り込まれていたと思たらそれが実は借金だたと知れば誰だてその金を自由に使おうと思わない。
 意気地のない男だね、なんてジンは言うかもしれないけれど、下手な賭けなんてしたくはない。ましてや自己の存在を賭けたアンガーマンなんてものはやりたくはない。
「僕は賭けが嫌いなんだ」
「宝くじはよく買てるじないか」
 宝くじならばいい。あれは夢を買てるものであて、自由のための責任は殆ど無いのだ。
「だから、自由と言われても困るんだ」
「困ると言われてもねえ。君たちはもう自由の中に投げ出されてしまているんだよ」
 そうだ。僕達はもう自由の世界に投げ出されてしまている。
 責任を払わない自由というのはもはや選択肢として失われてしまているかもしれない。
 仕方ない。
 だたら自由にやてやろう。
 諦め半分の決意をして僕はジンに別れを告げる。ジンは何も言わず満足気に笑て手を振るだけだた。

 例えば、墓がある。
 ここにいるのはもう起きない人たちで、自由の束縛からは開放されている。
 今どんな気持ちですかと問うたところで答えは帰てこない。
 彼らは自由の代わりに死という概念に束縛されているから。
 でもそんな彼らをちとうらやましいと思たりもする。
 選択しなくてもいい。様々ある選択肢に悩んだり、現実と夢で右往左往したりしない。それはとても楽な生き方だと思う。
 死んでいるのだけれど。
 墓場は今夜で月明かりもない。時折吹く夜風は涼しかたり生ぬるかたりとなかなか安定しない。
 虫の声がしていたこと思えば突然静まり返たりする。
 何かが光たかと思えば、やはり暗闇だ。平坦なようで変化に富んだ闇。落ち着かない周辺環境と心持ち。
 どこか混乱していて、錯覚している。
 肩を触られた気がして、振り返る。勿論誰もいない。安堵の息をついて再び前を向くと顔がぐしぐしになて眼球だけ飛び出した女が目の前にいるかと思えば、気のせいだ。しくしくと泣き声が聞こえたと思うけれど、やぱり虫の声だ。でもやはり墓場の小道の窓には女の子がしがみこんで泣いているような気がする。近づけばそれは消えてまたその先にしがみこんでいる女の子が見える。また近づいてみても、やはり消えて、またその先に現れる。いつまでたても辿りつけず、この墓場はこんなに広かたものかと気づいてみると女の子がすぐ足元にいて顔を上げようとする。
 見てはいけない。
 見たら、駄目だ。
 けれども僕はそれを見てしまう。
 顔がない。
 狐がコンと鳴き、狸がポンと腹をたたく。化かされていたのか。これが自由の代償か。
 墓場はもう止めだ。

 例えば、仮想空間がある。
 素子と電子と素粒子と、ゼロとイチとで形作られた情報の世界だ。
 ここならば安心ではないかと、脳の情報を仮想世界に送り込むのだ。
 仮想世界には仮想人間がいて、仮想犬を散歩させている。はてあの人間は元々人間であたのであろうか。それとも仮想世界上で作られた擬人格?
 区別はつかない。聞けばわかるだろうか。そもそも答えてくれるのだろうか?
「わたしはアンドロイドですよ」
 そんな風に仮想人間は答えてくれる。アンドロイドが何故仮想世界に人格を?なんて思たりするのだけれど、まあそれが自由てことだたりするのかもしれない。
 そもそもアンドロイドてのは自由なのか。自由を命じられた機械は自由でありえるのか。
 それは自意識とか自由意志の問題にも関わてくる。
 人間は運命から自由でありえるか。
 このアンドロイドは作られた段階でこの仮想世界に人格を移すことを想定されていたのか。
「そもそも自由意志という前提の問が間違ているような気もするんだが」
 そんな風に犬が言う。犬が喋!なんて腰を抜かそうかとも思たが私の自由意志はそんな馬鹿なことをしちいけないと僕を諭したのでやめておく。
 狗子仏性。
 犬に自由意志は有りや無しや。
 ほら自由意志なんて面倒で厄介な問題に巻き込まれてしまたではないか。
 仮想世界はもう止めだ。

 例えば、戦場がある。
 負け戦だ。自由の要件設定が甘すぎたせいで苦しい状況に立たされてしまている。
 新田軍は既に退却している。
 そもそも後醍醐天皇がいけないのだ。楠木正成の進言を聞いて足利軍を京に入れ兵糧を断つ作戦をしていればこんなことにはならなかた。
 奮戦もはや虚しく足利直義の軍勢に取り囲まれ絞り上げられている。
 もはやこれまで。
 さらば戦場とおもいきや稀代の戦術家楠木正成は余裕の表情を浮かべている。
「いでよ!大甲冑!」
 すると軍の背後の丘が大きく震えだし、巨大な扉が現れるとゆくりと開きだした。
 カタパルトが伸びる。
 機動足軽・大甲冑だ。まさか既に完成していたとは。
 巨大人型兵器である大甲冑は足利直義の軍勢を打ち破ると敵本陣へ向かて突進していく。我らの大逆転劇、かと思いきや足利軍の背後に控えていた軍船が変形して飛び上がていた。
「負けてなるものか!ゆけ、大具足!」
 変形した人型兵器は敵の新型機動旗本・大具足だ。まさか既に完成していたとは。
 大甲冑と大具足がぶつかり合う。巨大兵器同士のぶつかり合いは大地を揺らし、野を焦がす。激しい戦闘に巻き添えを食らて死んでいく兵士たちまで出始めた。
「もうなんなんすかねこれ」
 楠木正季がぼやくように言た。
「自由に代償はつきものだし、仕方ないんじないかな。でもこれはひどすぎるね」
 戦場はもう止めだ。

 自由とはどんなものだろうか。
 何もしない自由、責任を取らない自由があてもいいんじないだろうかと思うものの、それだとジンがやぱり激怒しかねない。
 自由をのぞく時、自由もまたこちらをのぞいているのだ。
 そんな風にニーは言てないけど、デオゲネスあたりだたら言てくれるかもしれない。
 自由にやた結果がこれだよ、とまあ、どうしようもない気持ちで自由というやつを眺めているのだが、やはりどうしようもない。
 自由だたけれど時間は限られているのだ。人の一生は自由に想像し続けるためには短すぎるのだ。
 結局何かしらに縛られているから自由という概念が出てくるのであて、真の自由なんてものはありえない。
 例えばこの思考の束縛からさえも解き放たれてしまえば、自由の概念すらも揺らいでしまうだろう。
 いろいろとそんな風に自由に逆らたり、自由というものにわざと束縛されて見たりするのだけれども、結局のところそんな自由というものが好きだからかもしれない。
 例えどんな自由であても、僕らはその自由の中で生きていくしか無いし、その自由を楽しんでいくしか無い。
 僕は、僕の自由を生きていく。
 僕は、僕の自由を創造していく。
 それが僕の自由てわけで、ジンは満足するかわからないけれど、それが僕なりの答えだ。
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