トカゲの尻尾
「今までの時間を返してとは言わないけど、これからの時間はあんたにはやらないわ」
そうあいつに言い捨てて一週間が経
った。
分かってた。あいつがどんなにいい加減で、だらしがなくて、嘘つきだってことは。
「付き合うことで、互いにプラスになるような関係になりたいって言ってたじゃない」
「男前でなくても金持ちでなくてもいいから、価値観が一緒の人といるのが一番、じゃなかったの?」
昔からの知る友人たちは、あたしが愚痴や泣き言を言うたびに口を揃えて言っていた。
あんな人だけど、いいところもあるのよ。あの人のいいところは、あたしにしか分らないのがいいのよ。
相談したくせに、結局そんなぬるいことを言い返してあたしだけど、強がれば強がるほどみじめになっていく自分に気がつき、思い切ることにした。
プライドの方向が間違っていたことに気付いたと言っていいかも。
朝、目が覚めるたび「もうあいつとは別れたんだ」と思う生活にも、慣れてきた。
同時に、何をしても楽しくない自分に気付いた。
買い物に行っても。化粧をしても。美味しいものを食べても。旅行に行こうと思いついても。自由になった時間を勉強や資格取得に当てようと思いついても。映画を見ても。散歩に出ても。友人と会っても。
人生は所詮暇つぶし。
そんな言葉が頭に浮かんで、力が抜けてしまう。
暇つぶしでもいいと思う。楽しければ。やりがいがあれば。
そう思うそばから、にが笑いが浮かんできて、歩き続けるのもつらくて――
いっそあたしは走り出した。
あいつの住む駅の匂いも、途中の看板の色褪せ具合も、駆け上がる階段の音も泣き出したいくらいに懐かしくて。
たった一週間なのに。
たった一週間だから、今ならまだ間に合う?
ドアを開けると、薄い布団の掛かったこたつの中で、あいつはヘッドフォンをしながら雑誌を見ていたけれど、あたしの姿を見て顔を向けた。
その顔は無表情で、あたしは一瞬、怖くなった。
今さら、何だよ。そういわれてもおかしくないのが分かっているから。
でもあいつは、にやっと笑った。
「人を蜥蜴の尻尾みたいに切るなよな」
あきれたような、拗ねたような口調がおかしくて、あたしも笑った。
「尻尾切っちゃったから、舵もうまく取れなかったし、バランスも悪くなっちゃってたわ」