さんま
私が「おかえり」と返すより先に、愛犬が尻尾をブンブン振り回して駆けてい
った。
薄いものに変えたコートにぴょんぴょんと飛びついて、飼い主の帰宅を喜んでいる。
「早かったね」
「急いだからね。なんとか片付いたよ」
よっこいしょ、と年に似合わない呟きを笑われて台所に立つ。
まさか本当に早く帰ってきてくれるなんて思わなかった。
広告も見ずに買い物を始めたスーパーで、二人とも大好きなサンマがとても安く売っていたのだ。
残りわずかのパックを手に入れてレジを済ませた後、メールを入れた。
買い物から帰った後もしばらく返信がなかったので、サンマをどう料理するかしばらく悩んだ。
ウケのよかったのは確か煮物。ショウガがいいねと胸いっぱいに息を吸ってから口にしたあの笑顔はよく覚えている。
その後も私があじをしめて、他の材料でも煮物を作り続けていく内に「そろそろ煮物はいいよ」と苦笑いをされてしまった。お互いサンマの肝を食べてしまったかのような空気だった。
無難にいくなら、塩焼き。
確かに旬である秋に食べるのが一番だけれど、時々季節はずれに見かけて焼くのもいいものだ。
だいたい同じ形なのに、大きさも様々だし、食べる順番もいつも違っている気がする。
私は実のつまったお腹や背中から食べるけれど、誰しもがそうじゃないんだと勝手に納得したのもあの時だ。
いっその事、マリネなんかどうだろうか。
旬でもないのにマリネなんて出来るのだろうか。
味噌汁を火にかけて温めながら、念の為にきいてみた。
「先にお風呂にする?」
「どうしようかなー。どっちがいい?」
そこはメールもしたし早く帰ってきたのだから、即答して欲しかったのだけど。
食事の前という条件を抜けば、飼い主と飼い犬の微笑ましいじゃれ合いだ。
買い物の後にワンコの散歩に行った。
「散歩に行こうか」と問いかけると、言葉を覚えているみたいにフワフワと尻尾をゆらす。
飼い主には届かなくても、それなりに私のことも認めてくれているみたいだった。
リードの先を気にしつつも、頭の中にはサンマが浮かぶ。
副菜も考えなければならないのに。
見覚えのあるどこかの家の散歩に鉢合わせて、一目散にと急ぐワンコに慌ててリードを引いた。
どうなったかは覚えてないけれど、相手に怪我をさせるかもしれないのが怖くて、距離を置いてしまう。
家の中でワンコを怒らせてしまって、初めて甘噛みではないその牙を受けてからは、小型犬とはいえ油断はできないのだと覚えたのだ。
「先にご飯にするよ」
「待ってました。お腹ペコペコだよー。ねぇ」
同意を求めても飼い主につきっきり。一瞬は目を合わせてくれたけれど、ぷいと背を向けられてしまった。
足元に控えた愛犬のドッグフードも満たして、さぁ夕食が始まる。
「おまえも食べる?」
「危ないんじゃないかな……」
そんなことも知らずに、サンマの尻尾を見つめてワンコが尻尾を振っていた。