てきすとぽい
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第三回 てきすとぽい杯
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メリーさんのしっぽと手と手
(
犬子蓮木
)
投稿時刻 : 2013.03.16 23:26
字数 : 1883
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メリーさんのしっぽと手と手
犬子蓮木
「この子にはし
っ
ぽがないんだよね」
高校生の彼が、てぶくろをした手であたしの犬を撫でている。
彼はいつでも両手にてぶくろをしているのだ。
「ウ
ェ
ルシ
ュ
・コー
ギー
だからね、生まれたときに切られち
ゃ
うの」
ふー
ん、と彼は犬を撫でつづける。なでられているあたしの犬、メリー
さんは舌をだしてへ
っ
へとせがんでいる。
狭いリビング。あたしの安い給料ではこのぐらいのマンシ
ョ
ンしか買えない。そんなところにまだまだ若い彼がなぜいるのかは謎だけど、いろいろあ
っ
て、こうな
っ
た。
「なんで切
っ
ち
ゃ
う?」
「もとは牧羊犬で羊にふまれたあぶないからとか言うね。あとはそんなお尻がかわいいという人もいるからかな」
し
っ
ぽがないので、ふくらんだおしりが丸見えになる。たしかにそれはコー
ギー
のチ
ャ
ー
ムポイントだろう。
「ち
ょ
っ
とかわいそうだね」
彼がメリー
さんを抱き上げてソフ
ァ
に座
っ
た。言葉とはちがい、ほがらかに笑
っ
ていてかわいい。外だとあまり見せない表情だ
っ
た。
「必要だからついて生まれたはずなのに」
「必要ないから切られたのかもよ」
彼はち
ょ
っ
とだけ悲しげな目をする。
あたしは彼の隣に座
っ
て、メリー
さんの頭を撫でた。少なくともメリー
さんは、みずからのし
っ
ぽがないことを悩んだりはしてないようだ
っ
た。
「手袋はずしたら?」
そ
っ
ちのほうが撫でて気持ちがいいだろう。彼も犬も。そんな意図はたしかに彼に伝わ
っ
たらしい。でも、
「だめだよ」
や
っ
ぱり外せないようだ。
「そう」
あたしはそれ以上、食い下がりはしない。
彼はピアニストだ
っ
た。まだ高校生なので、プロではない。だけど、なんだかすごい海外のコンクー
ルで上位に入
っ
たとかで、将来はもう決ま
っ
ているというような話。
音楽にみじんも興味がないあたしにはわからないけれど、そんなレベルになると指の怪我を恐れて、常時、てぶくろをしなければいけないんだ
っ
て。
犬を撫でるときまでそれなんて、楽しいのかなと思うけど、いつも楽しんでいるようなので、まあいんだろう。もしかしたらストレスの塊なのかもしれないけど。
「コー
ヒー
飲む?」
「ありがとう」
あたしは台所にい
っ
て、コー
ヒー
をいれる。熱いやつ。このコー
ヒー
を彼の手にこぼしたらどうなるだろう。き
っ
とてぶくろを外すだろう。そうして、もしかして、それだけでひとりのピアニストを普通の人にできち
ゃ
うのかな。
湯気のたつコー
ヒー
の入
っ
たカ
ッ
プを両手に持
っ
て運ぶ。
「あ
っ
」
あたしはわざとらしく声をだす。
カ
ッ
プをテー
ブルに置いた。
「何?」
「ミルク切らしてた。大丈夫?」
そんなことで声をださないでよ、と彼は笑
っ
た。彼はメリー
さんを床におろして、砂糖をたくさんいれて、カ
ッ
プを口にはこんだ。口のまえで、すこし、ふー
ふー
とさます様が年頃の男の子のようでかわいらしい。
メリー
さんが彼の隣に座
っ
たあたしの足に絡みついてきた。とうぜん、し
っ
ぽはない。
「必要ないからいらない
っ
て、ひどいよね」
「そう?」
彼はすこしだけ泣きそうな顔をする。あたしはそれが見たくて、こんな返答をしていた。
「そんなもの誰にだ
っ
て決められないでし
ょ
」
前にいろいろな話を聞いたことがある。
彼の家は教育に厳しく、友達も選べと教わるらしい。選べだ
っ
て、選ぶのは彼じ
ゃ
なくて、その親なのにね。そうや
っ
て厳しくしつけてきた結果、優秀な人間として生きることに疲れて、こんなあたしみたいなおんなのところに来ることにな
っ
ち
ゃ
うのだから人生とはうまく作るくことができないものだ。
メリー
さんのし
っ
ぽは、そんな屈折させられた彼のこれまでの境遇と重なるところがあるのかもしれない。
そうではなく、ただ落ち込んでいる今日の彼にと
っ
てはなんだ
っ
ていいものだ
っ
たのかもしれない。
どうにせよ、彼は今日、どうしてもここに来たいと言
っ
たのだ。普段よりとても強く。
「お母さんにばれた」
「そう」
あたしはコー
ヒー
をひとくち飲む。
「もうあんなおんなのところにはいくな
っ
て」
つまり、当然のごとく、彼の親にと
っ
てあたしの存在はメリー
さんのし
っ
ぽなのだ。なくてもよくて切り取りたい存在。
「それでどうするの?」
決めるのはあたしではない。
もちろん親でもない。
彼は、あたしの首の後ろに手をまわして、目をつむり、口を近づけようとする。
「待
っ
て」
彼は目をあけた。拒否されたのかと目が涙ににじみそうにな
っ
た。
「そんな手で撫でられてもうれしくないよ」
ねえ、とあたしはメリー
さんを撫でる。
彼は躊躇した。それでも
……
迷いながらてぶくろを外す。なんだか汗ばんで光
っ
ているみたい。
「こんな手だ
っ
たんだね」
彼のすこし大きな手に手を伸ばす。
あたしたちは、はじめてつなが
っ
た。 <了>
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