【BNSK】月末品評会 in てきすとぽい season 5
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薔薇の庭園 ◆veZn3UgYaDcq氏
投稿時刻 : 2014.08.02 01:35
字数 : 1348
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薔薇の庭園 ◆veZn3UgYaDcq氏
作品感想転載くん


庭園の中心に置かれた丸テーブルの上に、私はテトを運んだ。椅子に腰かけ、空を見上げる。幹線道路を行き交う車の不愉快な騒音に顔をしかめながらテトを傾けると、琥珀色の液体は優美な香りを庭園中に漂わせた。


「ここに人を招いたのはあなたが初めてよ」と、彼女は高い声で言た。辺りには色とりどりの薔薇が咲き乱れ、植木は美しく刈りそろえられていた。ここが都心にほど近い街に位置する、9階建てのマンシンの屋上だなんて信じられなかた。
紅茶を一口啜り彼女をちらりと見ると、彼女は私の目をますぐに見つめていた。「いいカプだね」「あら、中身の方はお気に召さなかた?」「いや、美味しいよ。ただ、紅茶なんてほとんど飲んだことがないんだ。だから良し悪しなんて分からない」ふふ、と彼女は笑い、彼女も紅茶の香りを嗅いだ。カプに描かれた青い薔薇の絵に彼女の細い指が触れていた。つややかな磁器の肌は透き通るように白く、薔薇と同じ青に塗られた彼女のネイルの美しさを引き立てていた。「青い薔薇だけは君でも咲かせられないもんな」私はカプを置き、庭園をぐるりと眺めた。すべての草木は生命力に溢れた瑞々しい葉を誇らしげに茂らせ、その中心に目を閉じて座る彼女を圧倒しているように思われた。「やはり、飲まないのか」まだ目を閉じ紅茶の香りに心酔する彼女に声をかけた。「ええ」と返答があるまでの数秒の沈黙は、悲しいまでに永く感じられた。「もう、私にはできないことよ」そう言いながら、かちり、と音をたてて彼女はカプを置いた。
「ボーンチイナていうのよ」唐突に、彼女はそう言た。「ボーンチイナ?」「そう、このカプ。骨を混ぜて作るんですて」「へえ、知らなかた」「何の骨を使うのかしら?牛か豚か―もしかしたら、人間かもね」
自嘲するように言う彼女に、私は黙て微笑んだ。たとえ偽りの微笑みであても、微それを消し曇た表情を作ることなど許されるはずもない、と思た。しかし、彼女が時折胸を押さえ目を強く閉じる仕草をする度に、私には平静を保つこともできなかた。ただ俯いて、彼女の視線を避けるのが精いぱいであた。彼女は黙たままゆくりと立ち上がり、薔薇のアーチをくぐて屋上の手すりまで歩いて行た。「これが、最後のお茶会なのか」と私は彼女に話しかけたつもりだたが、それは声になていなかたのかもしれなかた。風もなく、凪いだ空気を乱そうとする者もなく、その瞬間、屋上庭園には完全な静寂があた。彼女はゆくりと手すりを乗り越えた。彼女は振り返らなかたが、微笑んでいることが感じられた。そして、夕暮れの陽に朱く照らされた彼女は、静かに、静かに、地上へと落ちて行た。


大型トラクが通り過ぎて行たらしい。地鳴りのような振動と轟音がして、私は目を開いた。この屋上庭園に今あるのは、伸び放題の雑草と生気のない枝を乱雑に生やした木々ばかりだ。手すりの向こうには、最近とみに増えた高層マンシンの群れが見える。ふう、とため息をつき手元のテプに視線を落とすと、一輪の青い薔薇が見えた。10年前に主を失た庭園には、花はそのたた一輪しか咲いていない。
「君の骨は、この琥珀色の時間を受け止めてくれるのだろうか?」
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