てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 6
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不完全なラブレターと、歯と共に眠る
(
木下季花
)
投稿時刻 : 2014.08.30 16:32
最終更新 : 2014.09.01 15:31
字数 : 8906
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2014/09/01 15:31:07
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2014/08/30 17:24:07
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2014/08/30 16:44:50
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2014/08/30 16:43:23
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2014/08/30 16:33:36
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2014/08/30 16:32:23
不完全なラブレターと、歯と共に眠る
木下季花
シ
ョ
ー
トパンツのポケ
ッ
トに入れていた携帯が、軽やかな電子音を鳴らした。私の好きなエレクトロニカの曲が、着信があることを知らせている。面倒だと思いながらも、携帯を取り出して、画面を表示した。どうやら高校の時の同級生から、電話がかか
っ
てきているようだ
っ
た。画面をタ
ッ
プして通話を開始する。
「もしもし」
「あ
っ
、美紗ち
ゃ
ん。久しぶり」
電話に出ると、友人である麻美が気怠そうに、そう喋
っ
た。
麻美は高校三年生の時に同じクラスにな
っ
た女の子だ
っ
た。席が近か
っ
たこともあり、話していると自然と仲良くなれた。私と麻美は、好きな音楽の傾向が似ていたので、無理することなく会話を継続させることが出来た。共通の趣味や好みがある人とは友人になりやすい。無理やり話題を作らずとも、話すことが出来るからだ。
しかし、それぞれ別の大学に進学してからは、月に一度ほど電話で連絡を取りあうだけの関係にな
っ
た。思い出したようにメー
ルが送られてくる事もあ
っ
たが、最近ではほとんど連絡を取り合う事はない。私たちは、やはり希薄な関係だ
っ
た。友達ではあるけれど、その人がいなければ人生が成り立たないという相手ではなか
っ
た。そのために、お互いに疎遠にな
っ
てい
っ
た。
「どうしたの、麻美」
面倒な気持ちが声に出ない様に、私はそう訊ねた。
「いや、次の講義まで時間が空いち
ゃ
っ
てさー
。もしかして、今、彼氏とデー
ト?」
「うん。今、彼氏とスカイプで通話してる」
私はそう言
っ
たが、それは嘘だ
っ
た。通話などしていなか
っ
た。一人でつまらないホラー
映画を見ているだけだ
っ
た。そもそも私には彼氏などいない。生まれてから一度だ
っ
て彼氏などいたことがない。セ
ッ
クスだ
っ
てしたことがない。しかし今、恋人と通話をしていると反射的に答えてしま
っ
た。
それは彼女に対する見栄だとか、虚勢を張るという性質の嘘ではなか
っ
た。ただの意味もない虚言だ
っ
た。私は小さい頃から、よくどうでもいい嘘を吐いた。意味もない嘘を吐く子供だ
っ
た。聞かれたことに、息を吐くように嘘を重ねた。
その癖は、小学校四年生の時から始ま
っ
ていた。
当時の私は、他人を混乱させる嘘ばかりを吐いていたように思う。
例えば、「私の家の前に刺されて死んだ人がいるから見においでよ」だとか、「今日は死刑囚にな
っ
た親戚に会いに行くから学校が終わ
っ
たらすぐに帰ります」だとか、「知らないおじさんに唇を押し付けられたけど気持ちが良か
っ
た」だとか、自分でもなぜ言
っ
たのか説明できないような嘘を、無意識に吐いていた。
虚言癖である私は、当たり前だけれど、周りからおかしい人間だと思われていた。
今でも思い出すエピソー
ドがある。六年生の時の担任教師から呼び出された時のことだ。親と一緒に呼び出され、放課後の教室で彼と向かい合
っ
た。担任教師は、私と親の前にしかめ面を作
っ
て座り、「美紗さんの嘘をやめさせてください」と、親に向か
っ
て言
っ
たのだ
っ
た。担任教師は真剣な顔をしていた。両親も真剣な顔をしていた。私もなぜか真剣な顔をしていた。しかし、実際に私としては、自分の嘘がそこまで深刻に受け止められているとは思
っ
てもいなか
っ
た。自分の嘘に無自覚ですらあ
っ
た。考えてみれば、私の言
っ
ていることは全部おかしか
っ
た。私は、そこで冷静になり、自分は変な嘘ばかり言
っ
ていたのだと、ふと気づかされた。
そしてその頃から、私は皆から送られる蔑みの視線にも気がつく。肌を撫でるような、侮蔑の性質を持
っ
た視線が私を覆い尽くす。だから彼らの嘲りに気づいてしま
っ
た。馬鹿にするような、見下すような、自分よりも下位の存在に遠慮なくぶつける視線。それが私の肌を撫で続けていた。嘘を吐く私は、クラスの中でも異分子として見られているのだと、肌で感じていた。
中学校に上が
っ
てからは、嘘が嘘だとバレないための訓練を重ねてい
っ
た。他人に自らの嘘がバレることは嫌だ
っ
た。心が締め付けられる感じがするし、私の恥ずかしい部分が世間に晒されているように感じてしまう。
だがそもそも、なぜ嘘を吐くこと自体を、当時の私はやめなか
っ
たのか。それについては、すでに嘘を吐く行為が、私から切
っ
ても切り離せない細胞のようなものとな
っ
ていたからだ
っ
た。それをやめるという選択肢は存在しなか
っ
た。仮に嘘を吐くことをやめようとしても、私は無意識に嘘を吐き、それで苦しむだろうと思
っ
た。それだ
っ
たら嘘が嘘だとバレないような振る舞いや、嘘の吐き方を学んでい
っ
た方がいいと思
っ
たのだ。そして今では、私の嘘は完璧に私の肌を覆い、強固な鎧として私に身についていた。誰も私の嘘を見破れなか
っ
た。私もボロは出さなか
っ
た。
例えば、私が彼氏にぶたれたと言
っ
て、自分で自分の顔を鈍器で殴り、頬に紫色の痣をつけ、演出のために皆の前で泣いて見せたら、誰もが私の嘘を信じた。私の架空の彼氏に憤りさえしてくれた。
また、骨折したと言
っ
て腕にギプスを嵌めて学校に行けば、誰もが嘘だと疑わずに心配してくれた。私はギプスを嵌めた腕を、本当に怪我をしているかのように慎重に扱
っ
た。偽の診断書まで用意し、自らの嘘に取り憑かれるように、嘘を演出してい
っ
た。嘘を吐くために人生を操られてい
っ
た。高校を卒業する頃には、私の嘘に綻びが出ることなど一瞬たりとも無くな
っ
ていた。
「そうなんだ。じ
ゃ
あ、またかけ直すね。ごめんね」
「うん。またね」
麻美は、私に遠慮をして電話を切
っ
た。私は安堵しながら、つまらないホラー
映画を見ることに集中した。
※
退屈な映画を見続けているうちに夜になり、私は飼
っ
ている犬の散歩に出ることにした。
濃茶色の毛並みをしたヨー
クシ
ャ
ー
・テリアは、澄ました顔をして、首輪を嵌められている。私からは逃げられないように束縛されている。紐で繋がれ続ける生活に甘んじている。私は、この犬をいつまで飼うのだろうかと、ふと考えた。マンシ
ョ
ンの周りを散歩しながら考え続けた。
かつて飼
っ
た犬は、半年もたたずに殺した。
高校二年生の時に、私は飼
っ
ていた犬を燃やし、殺害したのだ
っ
た。
これは嘘ではない。
私は高校二年生の夏休みに、捨て犬を拾
っ
たことがあ
っ
た。
犬は雨に濡れ、段ボー
ルの中で細かく震え続けていた。河川敷に捨てられたその犬は、見るからに汚らしく、私の心を惹いた。私は汚らしい心を持
っ
た人間や、汚らしい格好をした人間や、汚らしく表現された何かが好きだ
っ
た。私の目の前で震えていた犬は、まさに汚らわしく、よほどの犬好きでなければ拾わないだろうと思
っ
た。私は、この犬をどうにでも出来る立場にあり、この犬を綺麗にすることも、これ以上汚らしくすることも出来るだろうと思
っ
た。そして、その考えは私の心を震わせた。犬は私に運命を握られようとしていた。その優位性に、もしかしたら私は惹かれたのかもしれない。が、理由はどうでもよか
っ
た。私はその犬を拾
っ
た。
犬を三か月ほど飼
っ
た。毎日決ま
っ
た時間に食事を与え、人間との共同生活を行うために厳しく躾けた。体をし
っ
かり洗
っ
てやり、名前を付け、その犬を可愛が
っ
た。私の双子の妹や母も、その犬を可愛が
っ
た。犬は拾われた時とは見違えるほどに、清潔感に溢れる犬とな
っ
た。人を信用し、人間に飼われることに慣れてい
っ
た。
飼い始めて三か月が経
っ
たある日、私はその犬に飽きた。
捨てられていたこの犬を、どうして私が飼わなければならないのだろう。どうしてこの犬は私に飼われているのだろう。そう考えてしまうと、犬の為すこと、そして犬の存在自体がどうでもよくなり、もう犬に愛情を抱けなくな
っ
た。世話も面倒に思えた。可愛くも思えなくな
っ
た。だから私は、その犬を殺処分することにした。
犬の事が面倒に思えてしま
っ
た日の深夜。
皆が寝静ま
っ
た後で、私は河川敷まで犬を連れ出した。
河川敷に着くと、照明のないその場所は暗闇に包まれていて、人の気配も感じられなか
っ
た。
私は暗闇の中で、紐を使
っ
て犬の手足を縛
っ
た。
犬は不思議そうな表情で私が行う行為を眺めていた。犬は少しも抵抗することなく、私を信頼して縛られてい
っ
た。
私はそれから犬の毛にライター
で火をつけた。鮮やかな毛並みに、徐々に炎は燃え広が
っ
てい
っ
た。その場所だけが明るい光に包まれた。まるで死んでいく犬が、スポ
ッ
トライトで照らされているようだ
っ
た。残酷に殺される者が、世界から照らし出されているような。犬は自らの体が燃えていることで、混乱しているようだ
っ
た。縛られながら、燃え広がる炎の熱を感じ、私に向か
っ
て何かを懇願するような目を向けた。
それから犬は、私に見せたことのない力強い勢いで、私に向か
っ
て吠えた。もともとは大人しい性格の犬だ
っ
たが、私に殺されると分か
っ
た瞬間に、私に向か
っ
て、敵意をむき出しにした。焼けていく体に苦しみながら、私を恨もうとしていた。自分が生まれてきたことや、世界すらも怨もうとしているように見えた。それは私の主観でしかなか
っ
たが、私にはそう見えた。犬は苦しみの中で、人間の理不尽さを恨んでいた。犬は私に向か
っ
て、狂
っ
たように吠えつづけた。それは当たり前だ
っ
た。私は吠えられるべきだ
っ
た。私は残酷な人間なのだ。
なぜ、私は犬を殺したのだろうか。私の心の傷がそうさせたのだろうか。何かの生物が簡単に死ぬところが見たか
っ
た。何かが理不尽な理由で死ねばいいと思
っ
た。だから私は飼
っ
ていた犬を自らの手で殺した。どうしようもなく死んでしまう生物がいるのだという事を、確かめたか
っ
た。誰かの勝手な都合で死ぬ生物が存在するのだと、私は実験したか
っ
た。