てきすとぽい
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第2回 クオリティスターター検定
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…
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〔 作品4 〕
情熱と才能
(
muomuo
)
投稿時刻 : 2014.10.19 23:59
字数 : 2520
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情熱と才能
muomuo
「斉木、お前まだ刑事部でまごついてるんだ
っ
て?」
同期の笠原が言
っ
た。久しぶりに同じフロアですれちが
っ
た後、缶コー
ヒー
を傾けながらのことだ。
「いつにな
っ
たら特捜に上が
っ
てくるんだよ。
……
俺のライバルはもうやめたのか?」
司法修習で初めて顔を合わせてから、相も変らず同じ話題を出しては絡んでくる。
「
……
お前がいつ、俺のライバルにな
っ
たんだよ」
「フ
ッ
……
あ
っ
さり抜いちま
っ
たから、肩を並べた瞬間はなか
っ
たかもな。確かに」
検事志望の中では主席だ
っ
たこの俺に、いつまでも勝手に対抗心を燃やし続けている。ま
っ
たく子ども染みた奴だ。確か、今
や二児の父親じ
ゃ
なか
っ
たか
……
?
「
……
廣中検事正に眼を掛けられている。それは確かにある種、お前の才能だが
……
」
秋霜烈日。独任官庁たる検事は、本来一匹狼であ
っ
ていい。必要なのは優秀な事務官くらいだろう。群れる必要などない。…
…だが、また無意味な言い争いにな
っ
ても面倒だ。
「お前は、ライバルなんかじ
ゃ
ないさ」
それだけ言うと、俺は元来た道を辿りはじめた。
◆
「正義は必ず勝つんだぜ、悠ち
ゃ
ん!」
隆弘がまたバカを言う。ま
っ
たく、何の根拠もなしにだ。その隣では美咲が笑
っ
ている。
……
そう、だからこれは夢だ。遠い
昔の出来事でしかない。
「
……
お前に何ができるんだよ。というか、今回お前が何をしたんだ
……
?」
こいつはいつもそうだ。口だけはよく回る。アジテー
ター
とでも言うべきか。具体的に何をどうするわけでもなく、何かでき
るオツムを持
っ
ているわけでもなく、ただ道を示すかのように熱を吹く。どうすべきか、どうしたいかだけ無責任に言いのける
。それだけの男だ
っ
た。正直、馬が合うということはない。俺たち二人だけなら小学生時代からの腐れ縁が続くはずもなか
っ
た
。実際、高校からは別々の道を辿
っ
たし、今や音信も不通。美咲がいたから、奴のくだらない熱弁にも付き合
っ
てや
っ
ていたにすぎない。それだけだ。
「何もしないで、正義が勝手に勝てるわけないだろが」
……
それだけのはずだが、なぜか俺たちはよく口論をや
っ
た。
「俺の才覚さ。先公やらPTAやら、大人を巻き込む権謀術数がモノを言うんだよ」
「けんぼー
……
じ
ゅ
つ?」
「馬鹿に
ゃ
無理だ」
口喧嘩の最後はいつも、隆弘が無知を曝け出して終わるのだ
っ
たが。
俺たちの中学には番長
っ
てやつがいない。田舎だ
っ
たから、当時でも番長格の不良が君臨しているのが当たり前で、その勢力が均衡している間だけを辛うじて「平和」と呼べるようなところに住んでいるはずだ
っ
た。それでも大きなトラブルなく平穏に過ごせるのは、熱く正義を語る自分の言葉が全校生徒の心に沁みわた
っ
ているからだ
……
こいつは、本気でそう信じていられるようなアホだ
っ
た。
「
……
そんなことないよね? ヒロくんも頑張
っ
たもんね」
旗色が悪くなるとすぐに美咲が味方する。だから、厳密には俺が隆弘を完全に言い負かしたことはない。でもそれは勝敗が決したことを暗に認めたからこそであ
っ
ただろうし、俺が気に食わないのは勝てなか
っ
たからということではなく、あいつが負けた気にな
っ
たことが遂に一度もなか
っ
たとしか思えなか
っ
たということなのだ。
その思いは、美咲が世を去るまで続いた。
……
また、そういう確認をしてから目を覚ます。ここのところその繰り返しで、寝覚めがどうにも悪い。
◆
「次は
……
身柄事件になりますね。強盗殺人のようです」
事務官の齋藤さんが、そう言
っ
て調書を渡してきた。ここまでは日常。都市部に転勤すれば凶悪犯との対峙も茶飯事だ。身構えることのほどではない。
「さ
っ
そく、入れていいですか
……
?」
ええ、と反射的に応じようとした俺の目に飛び込んできた被疑者の氏名に、しかし俺の全身が制止させられてしま
っ
ている。すでに一度目にする機会はあ
っ
たはずだが、この時初めて気がついた。今日は、夢を見ていたせいかもしれない。
「検事、川添隆弘の身柄ですが
……
さ
っ
そく入れてもいいでし
ょ
うか?」
果たして、連行されてきたのは隆弘だ
っ
た。もう随分と会
っ
ていなか
っ
たが、一目で本人と分かる。生年月日・本籍で裏付けるまでもない。
……
老けたという印象がただただ強い。何があ
っ
たのかと問うことさえ憚られる、病的な老け方だ。当然クスリも疑われる。ということはもう、この男は俺の知る隆弘ではない可能性が高く、現行犯ではないにせよ本ボシであることが強く推定されるということだ。少なくとも、そういう基本方針のもとに筋読みするのが妥当である。
……
しかし、俺の脳裏に浮かんだのは“あの夢”のことだ
っ
た。何度も、何度も美咲が現れる。美咲の声が木霊する。
『そんなことないよね?』
……
夢枕? 霊魂の存在? 馬鹿馬鹿しい。何の根拠もないことになぜ俺が振り回される必要がある。
頭では分か
っ
ている。それが正しい。俺がただ一つ信じるのは自分の才能だけでいい。才能が導き出す科学的なロジ
ッ
クに従えばそれでいい。かつての目の前の男のように、熱情にほだされて動く正義など土台は無力。
……
何より、だからこそこの男は今このような姿で俺の目の前に引きずり出されてきたのではないか。何を迷う必要がある!
『
……
そんなことないよね? ヒロくんも頑張
っ
たもんね』
俺の手は、しかし木霊に誘われてすでに動き出す。担当の刑事に取り次いでもらうと、禄な前置きもなしに受話器に向か
っ
て熱を吹く。
「こいつは犯人じ
ゃ
ない」
「
……
は? あの
……
その根拠は何でし
ょ
う? 我々の捜査に落ち度があると?」
俺は、馬鹿にな
っ
たのだろうか。
「根拠などいらない」
「
……
それじ
ゃ
話になりません」
当然のいい分だろう。この刑事とは何度も組んだ。優秀な男だ。
「私が楠木正則で、こいつが川添隆弘だからだ」
「
……
楠木検事、お体の具合でも? 少しお休みになられてからもう一度
……
」
私の身を案じてくれている。事務官だけではない。彼もまた仲間だ。
……
しかし
……
、
「
……
悪いが、君と議論する気はない。万一誤
っ
ていれば私が全責任を取る。それで問題ないだろう」
一方的に電話を切
っ
て向き直ると、他でもないこの俺が、俺が静かに、口火を切
っ
て寝言を語りだす。
「隆弘。美咲の言葉を覚えているか
……
? お前が俺の、ライバルのはずなんだぜ」
<続く?>
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