てきすとぽい
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第21回 てきすとぽい杯
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一本の細い糸
(
雨之森散策
)
投稿時刻 : 2014.09.20 23:43
最終更新 : 2014.09.20 23:45
字数 : 1792
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2014/09/20 23:45:24
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2014/09/20 23:43:15
一本の細い糸
雨之森散策
誰かの携帯電話が鳴
っ
た。
その瞬間、私は全身の皮膚という皮膚が粟立つのを感じた。
電話が、鳴
っ
た。誰かの携帯電話が。
「どうした? 島木」
密かな声で私を伺
っ
たのは傍らで大きな体を精一杯潜めている磯辺だ
っ
た。その眼には強い不安の色が宿
っ
ている。
「いや
……
」
私は慌てて頭を振る。
目の前の躑躅垣の先は暗く、まだ足音も明かりの差す気配もない。ひとまず私は深く息を吐いて、長い時間折
っ
たままの膝を組み替えた。
――
あの着信音を磯辺は聴いたのだろうか?
しかし私の横に侍る磯辺の息遣いに別段の変化はない。
もし、磯辺が《そう》ではないのだとすれば、ここに他の誰かが隠れて居るということになる。磯辺は先程からしきりに両手を握
っ
たり広げたりを繰り返している。大きな拳だ
っ
た。
やがて、躑躅垣の向こうの路地に淡い光が射し込んだ。私と磯辺はそれまでよりも深く身を屈める。
「覚悟は良いか?」
軽口のつもりが私の声は随分と険しか
っ
たようだ、磯辺の両眼がぎ
ょ
っ
と開く。
「おう」
磯辺の眉は喜悦したように上が
っ
ていた。私と磯辺は躑躅垣の切れ目から光の刺す先へと全身を躍らせた。
「何奴か!」
すぐに怒声が上が
っ
た。しかしその声に怯むことなく磯辺が立ちふさがる。すでに抜き放たれた磯辺の刀が鈍い光を受けて輝いている。
「島木
ッ
、あの頭巾だ! ゆけ!」
そう叫ぶやいなや、磯辺は突進する。
「この乱心者め!」
大兵の磯辺にも怯むことなく行灯を捨てた影が立て続けに鞘を鳴らした。彼らはまるで手筈に従うかのように磯辺を取り囲んでゆく。
「島木! どうした
ッ
?」
刀を振るう磯辺の全身は既に血に濡れている。しかし私は磯辺の声に答えない。
やがて凄絶な断末魔を上げて磯辺の巨躯が沈んだ。胴には二本の刀がまるで砂に立つ棒きれのように突き刺さ
っ
ている。
――
ピ、ピ。
端末のボタンを押すと、私は磯辺へと歩み寄
っ
て彼の死を確認した。
磯辺を嬲り殺しにした近習達は眼に殺気に漲らせたまま硬直している。あの頭巾をかぶ
っ
た男は駕籠に乗り込み、気配を押し殺したまま止ま
っ
ている。あれは時の老中のナントカという男らしいが、私にはどうでもいいことだ。
ただ、課せられていた任務の一つがいま終わ
っ
た。
磯辺とはニ年ほど寝食を共にした、刎頚の友と言
っ
てよい仲だ
っ
たが、今夜この時この場所で磯辺は友に裏切られて死んで貰わねばならなか
っ
た。
そうでなければやがて彼こそが明治維新の原動力とな
っ
てしまう。それでは現代にまで連綿と続くわが国の歴史に甚大な被害を与えてしまう。
――
それはおよそ今から二十年前、過去へのタイムスリ
ッ
プ技術が世界中に流出したことを契機に始ま
っ
た。それまで主流とみなされていたマルチバー
ス論はひとつの事実を前に崩壊し、残酷な世界が露わにされた。
多元だ
っ
たはずの歴史は一本でしかなく、断とうと思えば容易に切断できてしまう細い糸でしかないことを。平行世界も世界線すらも存在しない。
タイムスリ
ッ
プ技術を獲得したテロリストはやがて時空を越えてあらゆる時間軸に出現した。それを退け、歪んだ歴史を元通りに正すのが私の仕事だ。
そしてこれからの私の役目は磯辺の盟友である島木文吾としてこの時間から永遠に消失することだ。
島木本人はプロテクトのかか
っ
ていない無名の人物であることを利用され、テロリストからこの時間軸の二年前に永遠に消去されている。長官が言うには、すべての人物にプロテクトがかけられるまであと十年はこうした暗闘が続くのだと言うが、それでも甘い見通しだと思わざるを得ない。
――
ピンピンピン。
また携帯が鳴
っ
た。先ほどから聴こえていたあの着信音。テロリストが近くにいる。ちらりと緊張が走
っ
たが、時間軸の中の異物である私たちがここで死ぬことはない。おそらくテロリストは何か思惑があ
っ
て私に近づいたのだろう。
――
ピンピロパロピロピンピンピン。
それはどこかで聴いたような懐かしいメロデ
ィ
だ
っ
た。こんな着信音を鳴らすなんて、よ
っ
ぽど酔狂なテロリストなのだろう。
「私だよ」
駕籠の戸が開くと人影が現れた。頭巾の男ではない。
「長官?」
思わず私は呻いた。そこにいるはずのない白髪の男が姿を見せたのだ。
「ご苦労だ
っ
たね、島木文吾くん。ゆ
っ
くりと休んでいてくれたまえ、ゆ
っ
くりとね」
そういうと長官の姿をした男は携帯を操
っ
た。
……
ああ、あの曲はNHKの『き
ょ
うの料理』のテー
マ曲だ。
それが私の最後の記憶とな
っ
た。
<終>
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