てきすとぽい
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第21回 てきすとぽい杯
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ナガレ
(
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中
)
投稿時刻 : 2014.09.20 23:43
字数 : 3699
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ナガレ
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中
誰かの携帯電話が鳴
っ
た。
着メロとかじ
ゃ
なくて、聞こえたのはヴ
ァ
イブレー
シ
ョ
ンの音だ
っ
た。一回、二回、三回
……
それは十秒間くらいで聞こえなくなる。
ゴー
っ
と音を立て、陸橋を電車が走り去
っ
ていく。その音が遠ざかると、やがて沈黙が落ちてきた。私たちは顔を見合わせるけど、街灯の光すら届かない高架下の河川敷で、互いの表情はよく見えない。
「
……
誰なの?」
最初に口を開いたのは紗々だ
っ
た。暗くて見えないけど、いつだ
っ
てリ
ッ
プグロスでつやつやぷるぷるさせているその唇が、ふるふるしているのが見えるようだ
っ
た。紗々は勢いよく立ち上が
っ
てみんなを見下ろした。
「ケー
タイの電源、切る
っ
て約束したのに!」
コンクリー
トで固められた護岸。そこに背を預け、まるで家のリヴ
ィ
ングでテレビでも見ているようなくつろいだ格好で、ナガレはポツリと呟く。
「約束は、破るためにあるからな
ぁ
」
し
ょ
うがない、とでも言いたげなその言葉に愕然としてしまう。
世の中的にはそういうものかもしれないけど。
この四人でもそんな世の中のオキテみたいなものが起こるかもしれないなんて、私は想像もしたくなか
っ
た。
再び電車が近づいてくる音が聞こえてきた。首をめぐらせたら、片膝を立てて座
っ
ている七山さんと目が合
っ
た気がした。実際には、七山さんのメガネがぎら
っ
と光
っ
ただけで、や
っ
ぱりその目は見えなか
っ
たわけだけど。
私たち、運命共同体
っ
てやつじ
ゃ
なか
っ
たのかい? ね
ぇ
そうだよね、ナガレ。
そもそも、どうして私たちがそんな約束をしたのか。
ナガレは昔から、大人たちに言わせれば「キレやすい子ども」だ
っ
たんだという。あくまで本人談で、実際がどうだ
っ
たか私は自分の目で見たわけじ
ゃ
ないけど、小学生の頃からの腐れ縁だという七山さんもそう言
っ
ていたので、間違
っ
てはいないと思う。小学生の頃に一度クラスメイトを、中学生の頃に一度他校の生徒を刺したという。ど
っ
ちも傷が浅く手を出したのは双方だ
っ
たこともあり、ち
ょ
っ
と度のすぎたケンカとして曖昧に処理されたらしいけど。小学生の頃の事件は七山さんも目撃していたそうで、「あんなにためらいなく刃物を振り回す人間を初めて見た」と遠い目をして語
っ
ていた。ちなみに刃物というのは彫刻刀だ
っ
たそうだ。小学生らしい凶器である。
その話を聞いて、カ
ッ
となると自分が何や
っ
てるかわからなくなる
っ
て感じ? と訊いた私に、ナガレは首を傾げた。
――
別に。刺してもいいや
っ
て思
っ
た。
ナガレは普段から飄々としていて、あまり感情の起伏がある方ではなか
っ
た。なので、なるほど、と私は妙に納得した。カ
ッ
とな
っ
て我も忘れて刃物を振り回すナガレなんて想像できなか
っ
たのだ。ナガレはあくまで飄々としたまま刺した。納得納得。
当然ながら、ナガレの評判はよくなか
っ
た。親しく声をかけるのは、付き合いが長い七山さんだけだ。七山さんの彼女が紗々で、そんな紗々と同じクラスで一緒にいることが多か
っ
た私も自然とナガレと会話を交わすことが増え、いつの間にか四人でつるむのが普通にな
っ
ていた。
ナガレは、私が知
っ
ている男の子たちとはま
っ
たく違
っ
た。不真面目で、反省
っ
て言葉を知らなくて、いつだ
っ
て軽くて何も考えてなさそうで。どちらかといえばまじめで優等生の七山さんが、どうしてナガレなんかと仲良くしてるのか、学校では生徒も教師も含め不思議に思
っ
ている。
でも、一度ナガレのキ
ャ
ラを知ると、わかるな
ぁ
という感じがしてしまう。
デキの悪い犬みたいなもんだ。面倒見てあげないとダメかな
っ
て思わされる部分がある。紗々はそれを、ボセー
ホンノー
くすぐられる系? と表現していた。うまいこと言う。いかにも『母性本能』
っ
て漢字、書けなさそうな口調だ
っ
たけど。ナガレに加えて、自他ともに認める天然オバカキ
ャ
ラの紗々の面倒まで見るなんて、七山さんは本当に大変だと思
っ
た。
そんな七山さんの負担を減らそうと思
っ
たわけじ
ゃ
ないけど。ぱ
っ
と見、金に近い明るい茶髪のナガレは近寄りがたくて最初は恐々だ
っ
たけど。話してみるとナガレは単純明快で、ま
ぁ
基本は大したことなんて考えてなくて、すごく楽な奴だ
っ
た。ナガレと仲良くな
っ
たのは高二ももうすぐ終わりの頃で、進路がどうこう言いだした大人たちや学校の雰囲気がいやでいやでし
ょ
うがなか
っ
た私にと
っ
て、ナガレの隣は唯一脱力できる場所にな
っ
てい
っ
た。ナガレがいて、七山さんと紗々がいて、そういう空間がすごく好きだ
っ
た。
そうや
っ
て春にな
っ
て、間もなか
っ
た。
ナガレが学年主任の武田を刺した。
「誰? 電源切
っ
てないの誰?」
紗々は涙声にな
っ
ていた。
落ち着きなよ、と声をかける。
「誰かの落し物のケー
タイが鳴
っ
ただけかもしれないじ
ゃ
ん」
自分で言
っ
て、そり
ゃ
ないだろうなと思
っ
た。こんな人気のない河川敷。誰がケー
タイ落とす
っ
てんだろ。
紗々は制服のスカー
トからケー
タイを取り出すと、ぽい
っ
と足元に投げた。黒い塊が落ちて、草が少しだけ音を立てる。
「あたしのケー
タイは電源入
っ
てないよ!」
みんなも早く出してよ! と紗々がヒステリ
ッ
クな声を上げた直後だ
っ
た。
「僕だよ」
七山さんが立ち上が
っ
た。その手にあるiPhoneは、デ
ィ
スプレイが煌々と光
っ
ている。
「さ
っ
き、公園のトイレに立ち寄
っ
ただろ。そのとき、メー
ルしたんだ」
ケー
タイの電源を切ろう
っ
て最初に言
っ
たのは、七山さんだ
っ
た。そのうち居場所を探されるかもしれないから、
っ
て。
「なんで?」
考えたんだ、と七山さんは俯いた。
「このまま本当にナガレに付き合
っ
て、逃げる
っ
ていう選択肢でいいのか
っ
て」
なんで!? と紗々が七山さんのシ
ャ
ツに掴みかかる。
「ナガレは、あたしのせいで武田刺したんじ
ゃ
ん! 悪いのは武田じ
ゃ
ん!」
「武田は悪い。でも、刺すことはなか
っ
た」
生活指導でもある武田に、紗々とナガレは揃
っ
て呼び出されていた。それを教室で七山さんと私は待
っ
ていたのだけど。
しばらくして、真
っ
青な顔をした紗々だけが戻
っ
てきた。
どこからそんな噂が流れたのかわからない。紗々とナガレがクスリをや
っ
ているんじ
ゃ
ないかとチク
っ
た奴がいたらしい。ナガレは煙草もお酒もや
っ
てたけど、でもクスリには絶対に手を出してない。ましてや紗々もそうだ。
ナガレは反論するのもバカバカしいと思
っ
たのか、ず
っ
とガムを噛んでいたという。一方で事実無根だと反論したのは紗々で、武田はそんな紗々を見て、言
っ
たそうだ。
親がいないと色々大変だな、と。
紗々は幼い頃に事故で両親を亡くしていて、今は叔父夫婦のもとで暮らしていた。
それまで黙
っ
ていたナガレがふいに立ち上がり、武田を刺したのはその直後だ
っ
たという。
七山さんとともに生徒指導室に行くと、うずくま
っ