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オノデラさんのはなし
(
kenrow
)
投稿時刻 : 2014.10.26 23:56
最終更新 : 2014.10.26 23:58
字数 : 800
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更新履歴
-
2014/10/26 23:58:46
-
2014/10/26 23:56:27
オノデラさんのはなし
kenrow
煤けたトロ
ッ
コで廃線跡を進んでいくと、緑の街が見えてくる。
かつて炭鉱で栄え、今は誰も住まない街。ひび割れたアスフ
ァ
ルトの隙間を、公営住宅の壁面を、草木が覆い尽くしている。捨てられた大地で、どこから種子が来たのかもわからない。けれどその場所は確かに、生命の残る街だ
っ
た。
「研修時間は午後の三時まで。あまり遠くまで行かないようにしてね」
教師がそう告げると、生徒は皆スケ
ッ
チブ
ッ
クを片手に駆け出していく。教科書や文献でしか見たことのない世界が、広が
っ
ているに違いなか
っ
た。けれど私の興味からは外れていた。旧駅前広場に一人残り、ボロボロのベンチに腰掛ける。背もたれに身を委ねて、時間い
っ
ぱいやり過ごそうと決意する。
「何をしているの、カサイさん」
声をかけられて振り向くと、防護マスクをつけた女子生徒が立
っ
ていた。女子だと分か
っ
たのは制服のおかげであり、顔は判別できない。そもそも顔を覚えているクラスメイトの方が少数だ
っ
た。
「別に何も。あなたこそどうして残
っ
ているの?」当たり障りのない声色で返してやる。
質問に彼女は答えなか
っ
た。答えずに「マスク」と、私の手元を指差してきた。
「それ、付けなくていいの?」
「ああ。これね」マスクを翻しながら鼻で笑
っ
た。
「いいよこんなの。この辺はあまり危険じ
ゃ
ない
っ
ぽいし」
彼女は何かを言おうとしたが、やがて踵を返して立ち去る素振りを見せた。しつこいようなら強行策を取るつもりだ
っ
たが、手間が省けたなと密かに安堵する。
けれど彼女は、その場から動こうとしなか
っ
た。
やがてもう一度向き直
っ
たかと思うと、マスクを外して私の隣に座り込んできた。
「ねえ、私も一緒に描いてもいい?」
「描く
っ
て、何を」
「もちろんこの街を。ここからなら全体を見渡せるもんね」
独り占めなんてずるいよと付言して、彼女は画材を手に取
っ
た。
その日、絵を描かずにサボるつもりだ
っ
たことは、親しくなるまで言えずじまいであ
っ
た。
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