運命の恋
埃だらけの慎也の車に、「バカ」と涼子は指で書いた。
それは、慎也に振られた涼子の気持ちとは裏腹で、本当は「愛していた」と書きたか
った。他の彼女の元へ急いでいた慎也は、気にも留めずにタイヤを軋ませて走り出した。
冷たくされた涼子は、一時期、落ち込んでいたが、気持ちを切り替えた。
「いい女になって見返してやる」
そんな気持ちを抱いた涼子は、自分磨きに力を入れた。間違った方向で。
休みの日にはエステに通い、ファッションにも気を使うようになった。慎也との想い出が詰まった2Kの安アパートから、3LDKの賃貸マンションへと引っ越しもした。出かける時は、いつも洒落た服を着てブランド品のバックを持って出かけ、近くのコンビニに行くにしても、部屋着で出かけるような真似はしなかった。
看護師をしている涼子にはそれなりの財力があったせいで、「いい女になるための自分磨き」を履違えていたのである。
涼子の部署は整形外科だったので、入院患者も若い連中が多かった。退院後に、涼子に会うために「同室患者の見舞い」を装ってくる者もいたが、涼子は鼻にも掛けなかった。
「いつか慎也が自分の元に戻ってくる」そんな気持ちが強かったからだ。
休みの日に研究発表の資料をまとめていた涼子は、必要な資料を忘れてきたことに気が付いた。病院まで徒歩で10分足らず。涼子は部屋着のまま、サンダル履きで病院へと資料を取りに向かった。
病院の入口近くまで来ると、パ~ンとクラクションの音がした。振り返るとブリテッシュグリーンのスポーツカーが涼子の近くに止まった。
磨きこまれたウィンドウが下がると、「よう!久しぶり!にしても、相変わらずだなぁ」と、運転席から男が声を掛けてきた。慎也だ。以前にも増して、遊んでいるようだ。
この時、涼子は気が付いた。「自分磨き」が無駄だったこと。慎也が自分の傷心を何とも思っていない事。そして、「結ばれることのない運命の恋」だったことに。