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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 8
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阿武隈川と烏頭の毒
 投稿時刻 : 2014.11.18 01:48
 字数 : 4389
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阿武隈川と烏頭の毒
たこ(酢漬け)


 山奥の別荘地である。
あたりには緑の木々が生い茂り、そこかしこで小鳥の囀りが聞こえてくる。木々の間を縫うように敷かれた道路を一台の車が走て行く。
ハンドルを握ているのは刑事の葛城である。それから、真剣な表情で運転をする彼の横であくびをしているのが、私立探偵の柾である。
「なんでよりによてこんな山奥で事件起こしちうのかね」
 眠そうな顔で柾はそのように言う。
「何故なんでしうかね。自然の多いところだと人間の獣性を刺激されるからですかね」
 葛城は嫌そうなそぶりも見せずに柾の言葉に返答する。
「うん。そんなことで殺人は起きるのかね」
 柾は葛城の答えに少し不満そうだた。葛城は運転しながらも柾の様子をちらちら伺ては、「あれ、違たか?」という心境でハンドルを握ていた。
 そのことが気になたのか、柾は「よそ見するな」と言て怒たような態度で葛城に接していた。
 ところでこの二人の事である。刑事と私立探偵という関係であるのだが、なぜか柾の方が目上のようにしている。それは葛城の方が年下で、柾の方が彼より年輩であるからなのかもしれないのだが、おそらくそれだけではない。
 何故私立探偵の彼が警察の捜査に同行しているのか。それを考えれば自ずと答えは出るようなものであたが。
「ところで柾さんの柾て一文字なんですね」
「それがどうした?」
「いや、珍しいと思て」
「そうか?」
「いや、まさきていたら大体二文字じないですか?正しいに簡単なきだたり、画数の多いほうのきだたり」
「別に一文字でも何らおかしくはないと思うのだが」
「えそうですか?」
 葛城は再び柾の方によそ見をして返事をした。それを見た柾は何故か葛城の頬をビンタした。
 そんなばかみたいなやり取りを続けているうちに、二人が乗た車は目的の別荘に到着した。
 その別荘は丸太組みのログハウスで、最近ではあまり見なくなたものだた。建物の前に車を止めると、窓から様子を伺ていたのか白髪の老人が玄関のドアから出てきて、二人が乗た車の方に歩いて向かてきた。
「すみません。お忙しいところ」
 老人はそう言て、葛城と柾の二人を屋敷の中へ案内しようとした。事件だというのにその老人の受け答えはどこかずれているような気がして葛城はあまり居心地が良い気はしなかた。
「いえ、当然の事です。事件ですから」
 葛城は右手を顔のあたりまで上げながら答えた。
「ところでお名前は…?」
「あ、失礼いたしました」
 そう言て老人は頭の後ろに手を当てて申し訳なさそうにした。
「執事のチトセといいます。どうぞよろしく」
 そう言て、チトセと名乗る老人は簡単に礼をした。
 チトセ氏に案内されて、柾と葛城の二人は建物の中へと入て行た。二人が案内されたのは建物の中のある一室だた。その部屋は寝室になていて、中に入るとものの見事に死体が倒れていた。
 死体の周りには、その日に別荘にいた人物が集まて、ある者は苛立たしげに、またある者は悲しげにその場所に佇んでいた。
 殺されたのは屋敷の主人である阿武隈川鮫肌であた。
 死体の周りには、彼の妻である阿武隈川坦子。それから息子である股引。客人である筈巻臀部、木綿夫妻と、娘の布団である。
「あなたたちは何故ここにいるのですか?」
 柾は真先に筈巻家の人間に質問をした。
「それについてはわたくしが説明いたします」執事のチトセが答えた。
「実は昨日は坊ちまの誕生日でございまして。坊ちまとお布団嬢様がお付き合いしていることもありまして、両家合同で坊ちまの誕生日を祝おうとしたのでございます」
 坊ちま、というのは恐らく鮫肌の息子である股引のことだろう。少し聞き取りにくいしべり方だと思たが、チトセは一度にそのことを説明した。
 阿武隈川鮫肌の死因であるが、これは毒殺のようである。検査をすれば、トリカブトの毒であるようだ。
「毒殺ですか……
「女性でもこの殺人は可能だたということですかね」
「確かに毒殺は非力な女性が選びやすい手段ではあるが……
 柾の隣で葛城が質問をしてきたが、まだ柾には答えを出すことができなかた。
 ところで、鮫肌は白いボタンダウンのシツを着ていたのだが、よく見ると、襟元に赤い唇の跡がついていた。
「浮気か……?」
 柾は顔を上げ、周囲の人物に質問をすることにした。
「どなたか、鮫肌さんが浮気していた事実を知ていた方はいますか?」
 柾はその場の人物全員に聞こえるようにそう言た。だが返事はない。
「いませんか?」
 柾がそう問いかけるも、誰もが首を振るだけであた。
「そうですか」
 柾はため息をついた。
「被害者は毒殺で殺されていて、襟元にキスマークがついている。これは犯人が女性であることを示しているんじないですか?」
 葛城がそのように言うと、阿武隈川夫人の目の色が変わた。もう一人の女性である筈巻布団はというと、泣きそうなのをずとこらえているように見える。
「女性かもしれないというだけで、男性であることを否定しきれていませんよそれは」
 声のする方を見ると、その言葉を発したのは執事のチトセだた。
「それは、そうですが……
「それに、私は昨晩ずとこの部屋のドアを見張ることができる場所にいたのですが、誰も外の廊下を通りませんでしたよ」
 その言葉に柾と葛城は眉をひそめた。
「つまりそれは……
 何故か葛城が息を飲んだ。
「つまりそれは、この部屋に入た者は誰もいないということを言いたいのですか?」
 柾がそう言うとチトセはうんうんと頷いた。周りにいる阿武隈川家の人間も、筈巻家の人間も固唾を飲んで彼らの姿を眺めている。
「葛城君、窓を調べてくれないかい?」
 柾がそういうと、葛城はすぐに窓の方へ行き、あれこれと検分し始めた。
「埃が、ついています……
 葛城は部屋に一つしかない窓の窓枠を指でなぞてからそう言た。
「ということはつまり、この部屋は密室だたということになてしまいますね。部屋に入るための入り口どちらからも人が入た形跡がないとするならば……
「だが現に人は死んでいる。誰かが入たはずであるのに、入たとは考えられない。矛盾していますね」
 狼狽しかけている葛城の横で、柾は冷静に矛盾点を指摘した。そして、次のように続けた。
「ですが簡単なことですよ。事実はひくり返すことはできない。矛盾しているということは誰かが嘘をついている。そういうことです」
 柾のその言葉に部屋の中はざわついた。
「嘘なんてついていません。断じて」
 阿武隈川夫人はそのように答えたし、ほかの面々も同じように答えた。
「ええ。ですがこの場合故意過失を問いませんよ」
 当然のことのように柾はそう答えた。
「そして嘘というのは……
 柾がそういうと、葛城が驚いて「もう嘘が分かたんですか?」と驚いていた。
「ええ。嘘というのは、チトセさんの証言しうね。一晩中この部屋のドアを監視できる場所にいたというのは事実でしう。しかし誰もこの部屋に入てはいないというのは嘘じないんですか?この状況と矛盾するのはチトセさんの証言しかないわけですし」
「く
 そう言われるとチトセは苦虫を噛み潰したような表情をした。
「仕方ない」そう言てチトセ老人はため息をついた。
「だが誰が入て行たかは決して言葉にせんぞ」
 初めて会た時のチトセ氏の雰囲気とは打て変わて、頑固おやじのような表情がそこにはあた。
「それなんですが、チトセさんの庇いたい人が誰だかわかりましたよ」
「何だと?」
「あなたは長年阿武隈川家の執事として勤めてきましたね?あなたの阿武隈川家に対する忠誠心には私の想像の及ばないところがある。しかしそれが裏目に出たということです。それだけで犯人が筈巻家の人間であることを消去できる。あなたが庇いたい人間は阿武隈川股引君のことですね?」
「そんなこと、全部嘘だ。何の根拠もない」
 頑なに認めようとしないチトセ老人を尻目に柾は推理を続けていく。
「それに、貴方が部屋に入ていくところを目撃したのは一人じない。二人ですね?」
「なん…だと…?」
 チトセ氏の反応に少し変化が見られた。
「このキスマークです。やはりこれは浮気の証拠ですよ。というか見ればわかる。筈巻布団さんの口紅の色と同じなのですから」
「だ、だが別の人間が工作したという可能性も……
「それはそうですが、香水の匂いまで同じですよ?」
「そ、それも同じことではないか……
「おそらく、というか事実だとは思いますが、筈巻布団さんは鮫肌さんに言い寄られていたのではないですか?鮫肌さんは阿武隈川家の家長として相当な権力を振るていましたそうですし。鮫肌さんに言われては布団さんも断ることが出来なかた。股引君も身を引き裂かれるような思いでしたでしうね。自分の父親に婚約者を奪われていくのですから。
股引君も我慢をしていたとは思いますが、そのタガが昨晩外れてしまた。怒りに任せて、と思いきや殺害の手段がトリカブトというのが意外でしたが……
「案外以前から恨みを抱いていたという可能性もありますがね」
 葛城が的確なフローをした。
 柾が事件の説明をしている間、誰も喋ろうとはしなかた。容疑をかけられた阿武隈川股引氏はただ腕を組んで、考え込んでいる姿勢を見せるだけであた。
「いや、やはり手段と痕跡の解釈がおかしい。むしろ筈巻布団嬢が色仕掛けに乗じて毒を盛たのではないか?やはりそのように考えるのが自然なのでは……
 チトセ氏が何とか股引氏を弁護しようとしたが、それを股引氏が制止した。
「もういいよ。爺……
 阿武隈川股引は諦めたかのようにため息をついて、次のように話し出した。
「確かに今回の事件の犯人は僕だ。それに爺も見ていたんだろ?布団が部屋から出て来た後、僕が部屋の中に入ていくのを」
「しかし、坊ち……
「いいんだ。布団に無用な疑いをかけたくない」
 そう言て阿武隈川股引は柾の方に近づいてきた。何か言いたげな表情だた。
「それで、僕を連行するのかい?」
「もちろんだ。署までご同行願おう」
 そう言て、柾と葛城の二人は股引を車まで連れていき、自動車の後部座席に乗せた。
 その後も股引は証言を変えることなく、股引氏の部屋から、山の中でトリカブトを採取してきた痕跡と思われる土や道具が発見されたことから、起訴される運びとなた。
「今回の推理、危なかしかたんじないんですか?」
 ある晴れた日の昼下がり、葛城が柾にそんなことを言た。
「お前にそれを言われるようになてしまてはな……。だが少々強弁したのも事実だ」
 そう言て、柾は苦いものを食べたような表情をした。
「またく次はしかりして下さいよね」
「あ、次はな」
 そう言た柾であるが、内心もういいよという感じであた。それでどうなるのか。どうにもならない。ただそれだけである。
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