「なんで殺したんですか？」
　まだ若い青年が死体の前で怯えている。
「そういう契約だったでしょう。契約書を確認する？」
　私は殺し屋だった。
　そして依頼主の青年と契約した通り、ある人間を殺した。それなのに、なぜ彼はこんな風に取り乱しているのだろう。
「だって、この人は違うって」
「はあ」
　私はため息をはいた。
「違うとか違わないとかそれにどんな意味があると思ってるの？」
　話の流れはこうだ。
　依頼主はある怨み（ここで語るほどの大層なものではない）があって、ターゲットを殺してほしいと私に依頼した。私は彼と金銭を報酬とした契約を結び実行した。その契約には殺すときには依頼主の前でというオプションも付いていたので、その通りにしたというわけだ。
　ただ、依頼主にとって問題だったのは、この転がっているターゲットがしている指輪だった。どうも本来ターゲットが持っているものとは違うものだったらしい。対になるうちの片方で、よく似ているがはめられている宝石が違う、このターゲットは紅い石の指輪だったが、本来、予定していたターゲットは白い石のものらしい。そして、このターゲットが私に殺される直前にそんなことを話したものだから、依頼主が混乱してしまったというわけだ。
「私はこいつを殺してほしいと依頼を受けた。そして殺した。それはあなたの望んでいた人間とは違っていたかもしれないけれど、それは指定を間違えたあなたの責任。違う？」
　ちゃんとお金を払ってくれるんだろうか。今年もよく働いた自分へのクリスマスプレゼントとして買いたいものがあるんだから契約通りのお金はもらわないと困る。
　彼はまだ混乱しているようだった。
　罪のない人間を自分の指示で殺してしまったのだから仕方がないのかもしれない。まあ、罪があっても殺しちゃいけないんだけどね。法律上は。
「あなたにできることを教えてあげましょうか」
　私の言葉に彼はすがるような目を見せる。
「私に今の分の報酬を払う。私に本当のターゲットを殺す依頼をする。私は実行する。あなたはまた報酬を払う。以上」
　簡単なことだ。他になにかあるというのなら教え欲しいぐらい。もちろん自首なんてものは選択肢にないし、報酬を払わないなんてこともないだろう。今回の分だけ払って、もうあきらめるというのはありといえばありだが、そんなつまらない人生を私は彼に歩んでほしくはない。人生っていうのはもっと刺激に満ちてないとダメでしょ？
　近くのテーブルにカフェラテが入ったカップが置かれていた。もうさめてしまっているようだけど、さっきの争い中によくこぼれなかったものだ。まあ、一瞬で殺したからだろうけど。
　私はカップをとって、それから死体のところでしゃがみこんだ。
「なにをしてるんですか？」
　依頼主がふるえた声で話しかけてくる。
「ラテアートって知ってる？」
　私は死体の手を持ち上げてナイフで手首を切った。まだ固まるほどは時間が経ってはいない。指先を血が伝うようにして、床においたカップの上に垂らした。白っぽかったカフェラテが紅く染まっていく。
　ぽたぽたぽた。
　ナイフの先でかるくみなもをすべらせるとくるくると紅いらせんができた。
「うーん、絵はどうやって描くのかわからないね」
　私はカップを持ち上げて、依頼主に微笑んだ。彼の前にカフェラテを差し出す。
「どうぞ」
「え？」
「飲んで。それで元気つけてつぎ行こう、つぎ。ほら、ぐいっと」
　私は彼にカップを押し付ける。なんとか受け取った彼の手をつかんで、そのまま彼の口元へ運ぶ。
　彼が目に涙を浮かべながら液体を口に含んだ。私が支えてた手をはなすと、カップも彼の手を離れて落ちて割れてしまった。
「あーあ」
　彼が崩れ落ちて、飲んだものを吐き出すようにゲーゲーしてる。
　私は彼のそばでしゃがんでやさしく背中をさすってあげながら、耳元でつぶやいた。
「では次の契約をしましょうか」
　ハンコは血判とか素敵かもしれない、と私は思った。

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