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救いの在り方
(
多千花香華子
)
投稿時刻 : 2015.02.17 16:05
字数 : 4181
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救いの在り方
多千花香華子
中井丈(なかい・じ
ょ
う)は狭い洞窟の中を進んだ。
ぐるりを取り巻く岩肌が燐光を放
っ
ているので、歩くのに支障はない。
大きな古傷のついた左手には、刀を納めた鞘を握
っ
ていた。
それは家に代々伝わる家宝の日本刀だ
っ
た。
何か不思議な力があると教えられているが、詳しいことはもはや家族の誰も知らない。
一人ではなか
っ
たが、洞窟の中、単調な道行が続く。
丈は不安にな
っ
て、先を歩く道先案内人に声をかけた。
「なあピー
、どこまで行くんだよ? 俺、だるくて
……
、早く家に返してくれよ
……
」
道先案内人は背が低く、人間ではない生き物だ
っ
た。
背中にはきれいな羽根が生え、尻にはかわいいし
っ
ぽが揺れている。
動物をモチー
フにしたような、二足歩行するフ
ァ
ンシー
な生き物だ
っ
た。
生き物は、「世界の妖精王に昇格したピー
」と名乗
っ
ていた。
ピー
が歩みを止めて振り返る。
「どうもこうもあるか。これはおまえの一族の仕事なんだぞ。平行世界の連なりのだいたいにおいては、みんなうまくや
っ
た。でも、中には失敗した者もいる。その失敗の中でも手酷いヤツに、このオレサマが修正の機会を与えてやろう
っ
てんだ。これは生まれてこなか
っ
たおまえの尻拭いでもあるんだからな」
丈は不平を言わずにいられなか
っ
た。
「でも、俺がいるんだから、俺のご先祖さまはうまくや
っ
たんだろう? 別にありがたくもないけどさ。ほ
っ
といてくれよ、俺なんか
……
」
「わか
っ
ち
ゃ
いないな、おまえは。ともかく仕事を済ませなき
ゃ
家に帰さないからな!」
ピー
は前に向き直り、「フン
ッ
!」と鼻を鳴らしてズンズン歩を進める。
丈としては、帰り方もわからないので従うしかなか
っ
た。
しばらく無言で進むと、ピー
の肩越しに広い空間が開けているのが見えた。
行く手は明るく、きらめく水晶で覆われた岩屋だ
っ
た。
丈はその美しさに息を飲んだものの、気分が晴れるというほどではなか
っ
た。
いつのまにか空気の温度が高くなり、ね
っ
とりと湿り気を帯びている。
う
っ
すらと生臭か
っ
た。
ピー
は躊躇することなく、その岩屋へ足を踏み入れ、丈も続いて明るい空間に身を晒した。
ピー
は少し奥へ向かい、足を止めると前方を指さした。
「あれを見ろ」
丈は示された先を見て、膝が震えた。
「なんだよ、あれ?!」
ごつごつした水晶の結晶に囲まれた広い空間に、巨大な蛇が丸くな
っ
て眠
っ
ていた。
からみあ
っ
て正確にはわからないが、どうも頭が三つあるらしい、異形の大蛇だ
っ
た。
眠る大蛇に下には、青と白のまだらをした球体が十個以上転が
っ
ていた。
その球体の白い模様がうごめいている。
それは雲の流れに似ていた。
まるで宇宙から見た地球そのものだ
っ
た。
ピー
が口を開いた。
「詳しい話はあとでするが、あのミツマタノオロチの下にあるのは、見ての通り地球そのものだ。アイツはすでに十以上の地球に影響を及ぼし、平行世界の多くを腐敗させている」
丈は震え声で言
っ
た。
「あ、あんな化け物と戦えるわけないだろ、俺、そんなやり方もわからないし
……
」
「戦う必要はない。戦わずに勝てる相手だから、おまえを呼んできてるんだよ、こ
っ
ちは」
丈がさらに言い返そうとしたとき、背後からもピー
の声が聞こえた。二つ。
「よお、待たせたな」
「こ
っ
ちもどうにかな
っ
たぞ」
丈は振り返り、まさしく二人のピー
を見た。
丈を連れてきたピー
とそ
っ
くりだ
っ
た。
額に薄れた『肉』の文字があるのも同じだ。
ただ、引き連れてきた人間が違う。
近いピー
の後ろには、すらりとした長身の美女。黒髪シ
ョ
ー
トで、瞳が青い。顔立ちからしてハー
フのようだ
っ
た。
遠いピー
の後ろにもやはり女。長い茶髪を三つ編みにしていて、背が低い。丈の親戚によく似た顔立ちをしていた。
二人、いや丈を含めた三人には共通点があ
っ
た。
三人とも、同じ刀を持
っ
てきている。
丈のピー
が歩み寄
っ
て行
っ
た。
「ご苦労ご苦労」
ほかのピー
二人も同じ声で答える。
「いや、なんてことねえ」
「そ
っ
ちこそお疲れ」
三人のピー
は腕を組んで輪にな
っ
た。
すると融け合
っ
て一人にな
っ
てしまう。
一人にな
っ
たピー
が口の端をつりあげて言
っ
た。
「まず言
っ
ておこう。おまえたち、仲良くしろよ。おまえたちは名前も姿も、性別さえも違うかもしれないが、お互い、おまえ自身なんだからな。何かがち
ょ
っ
とずつ違
っ
た、平行世界のおまえ同士なんだぞ」
丈は興味深い思いで、青い瞳の女を見た。
この美人が、もしかしたら自分だ
っ
たかもしれないなんて、俄には信じられない。
青い瞳の女が見返してきて、口を開いた。
「わたしは伏見(ふしみ)まるこ。お父さんがポー
ランド人なんだけど、そのせいでこんな名前にされち
ゃ
っ
た。日本的なのが美しい
っ
て」
丈も自己紹介した。
「俺は中井丈。あんまり話すことはないよ。わけあ
っ
てこの歳にな
っ
ても無職だしさ」
残
っ
た茶髪三つ編みの女も加わ
っ
てきた。
「ア、アタシはしももらなおみ、いえ、下村直美。ご、ごめん、薬のせいで呂律が回らなくて
……
」
ピー
が手を叩いて注意を促した。
「語り合うのは仕事が終わ
っ
てからでも遅くない。概要を聞いてくれ」
丈たち三人はさして熱意もなく、ピー
の言葉に耳を傾けた。ピー
が続ける。
「あのミツマタノオロチは、平行世界のだいたいにおいて、おまえたちの先祖である神通力を持
っ
た巫女に打ち負かされている。式神として手下にされたり、も
っ
と単純に退治されたりな。だが、平行世界の連なりの中で、ただ一つ、うまくいかなか
っ
た世界がある。その世界のミツマタノオロチはヘマをしたおまえたちの先祖を喰らい、神通力まで奪
っ
てしま
っ
た。それがアイツだ。もともと超自然の産物だ
っ
たところへ、強力な神通力も得て、さらに長い年月が奴を強力な存在に変えてしま
っ
た」
ピー
はそこで息を継いで続けた。
「ミツマタノオロチの影響下にある世界は、もちろん苦しみの多い世界にな
っ
ている。本来そうではない人類の営みが、悪い方悪い方へ向か
っ
ちま
っ
てる。それをおまえたちに正してもらいたい。本来そうであるように、世界を救うんだ」
丈はそれを聞いて、急激に興味が失われていくのを感じた。
自分の人生がめち
ゃ
くち
ゃ
なときに、ほかの世界を救おうなんて気分にならない。それよりは自分を救いたか
っ
た。
ピー
の話は続いていたが、丈は慰めを求めて、青い瞳のまるこに話しかけた。
「本当にアンタも俺なのかよ
……
。ち
ょ
っ
と何かが違
っ
てれば、俺もアンタみたいになれたのか。女で、美人で、なんでもうまくいくんだろ? 人生を謳歌してるみたいに見えるよ
……
」
まるこは悲しそうに微笑んだ。
「も
っ
とず
っ
と若い頃にはいい思いもしたかもしれないけど、今は地獄よ。思春期のころに双極性障害にな
っ
ち
ゃ
っ
た。躁のときはハ
ッ
ピー
すぎてバカや
っ
ち
ゃ
うし、鬱になれば何もできなくて、死ぬこともできないの。今はなんとか安定してるけど、いつど
っ
ちに転がるかわからなくて、いつも怯えてる。あなたもうまくい
っ
てないようね」
そうならばと、丈も身の上を話した。
「俺、高校に入
っ
てすぐ鬱病にな
っ
ち
ゃ
っ
てさ、高校も出てないんだ。退学した。高認をと
っ
てなんとか大学に行こうと思
っ
てたんだけど、もう頭は働かないし、気力は湧かないし
……
。薬もいまいち効いてない。この歳で引きこもりだよ。人生無いも同然だ
……
」
まるこは直美に顔を向け、話を促した。
「あなたも薬がどうとか言
っ
てたけど
……
?」
直美がおずおずと口を開く。
「ア、アタシは統合失調症
……
。幸運にも薬は効いて、状態は安定してるけど
……
。人の言う青春時代はず
っ
と病院で過ごしてきた。学もないし、友だちもいないし、思い出もない。今更治
っ
ても何もない。困
っ
てるのよ、ホントに
……
」
丈は暗く沈んだ気持ちを吐露した。
「俺、夢に見ていたことがあるんだ
……
。ち
ょ
っ
と何かが違えば、俺は病気にならず、健康で楽しい青春を過ごして、ず
っ
とま
っ
とうな人生を送れていたんだろう
っ
て
……
。いつか、何かが起こ
っ
て、そんな世界に移動できる日も来るんじ
ゃ
ないか
っ
てさ
……
」
それを聞いて、まるこが嘆息した。
「世界が変わ
っ
たところで
……
」
直美が絶望的に付け加える。
「
……
アタシたちはだいたい病気になる。すごく高い確率で
……
」
三人ともピー
の話をろくに聞いてなか
っ
たが、そこでピー
が声を張りあげた。
「ここはよく聞いておけよ!」
そして続ける。
「その刀にこそ、式神とな
っ
た奴の力が封じ込められているんだからな。うまくや
っ
たほうのご先祖さまが、そう作
っ
た。そこでだ、同じ力をぶつけあ
っ
て相殺してもらおう