運命の出会い
ある日の夕方、仕事を終えた酔いどれペンギン戦士は宿に戻
ってきた。ペタペタと歩くその姿はどこか楽しげである。
実際、酔いどれペンギン戦士は浮かれていた。護衛の仕事を無事に終えた解放感もあるが、馴染みの酒屋で美味い酒を手に入れたのが一番の理由だ。
報酬をもらったその足で酒屋に立ち寄ると、店の中に何とも芳しい匂いが漂っていた。もちろん酒の匂いだ。
「新しい酒を仕入れたのか?」
覚えのない香りに聞いてみると、
「おっ、わかりますか。さすがですねぇ。ちょうど今こいつの栓を開けたところなんですよ」
酒屋の主人は酒瓶を酔いどれペンギン剣士に見せた。瓶に貼られた大きなラベルには、ウサギの絵と何やら見慣れない文字がびっしりと並んでいる。異国と言うよりも古代魔法語のような複雑な文字に、酔いどれペンギン戦士は首をかしげる。
「どこの酒なのだ?」
「それがわからないんですよ。知り合いが、亡くなった祖父さんの部屋で見つけたそうなんですが。ラベルも見たことがないものですし、書いてある文字も読めなくて」
「それにしても美味そうな匂いだな」
「ペンギンさんも味見してみますか?」
差し出されたコップを、酔いどれペンギン剣士は喜んで受け取った。タダで飲める酒を断る理由はない。
一口飲んだ時、酔いどれペンギン剣士はゾクリと背筋が震えた。
「これは……美味い!」
続けてもう一口飲み、酔いどれペンギン剣士は「おや?」と首をひねる。さらに一口飲んで酔いどれペンギン剣士は驚いた。飲む度に酒の味が変わっているのだ。しかも、どんな味に変わっても美味く、そして飲みやすい。
「頼む! この酒を譲ってはくれぬか?」
仕事で懐に入ったばかりのお金をすべて差し出し、酔いどれペンギン剣士は不思議な酒を手に入れたのだった。
「ああ、美味い……」
宿の部屋でひとりゆったりと酒を飲みながら、酔いどれペンギン剣士は呟いた。
こんなに美味い酒を飲むのは本当に久しぶりだ。
だが、さみしいことに瓶の中の酒は徐々に少なくなっていく。
酔いどれペンギン剣士は、酒瓶を、その中の酒をじっと見つめた。
「お前に会えて、我が輩はとても幸せだ。できればこのままずっとお前と一緒にいたいが、そうもいかぬ。だが、お前のことはけして忘れぬぞ。どこから来たのかは知らぬが、我が輩は必ずお前を捜し出し、ふたたび手に入れてみせる! そして、ずっと一緒に暮らそう!」
酔いどれペンギン剣士が心にそう誓った時、酒瓶がボワンッと白い煙に包まれた。
煙が消えた時、そこにあったのは空になった酒瓶と、一人の美しい少女。
「だ、誰だ? いったいどこから……?」
突然現れた見知らぬ少女に、酔いどれペンギン剣士は戸惑った。透けるような白い肌に赤い目の少女だ。見た目は人と変わらないが、ウサギのような長い耳をしているところをみると、どうやら兎耳族の少女らしい。
戸惑っているのは少女も同じらしく、辺りをキョロキョロと見まわしている。
そして、少女の赤い目が、酔いどれペンギン剣士の目と合った。
「……あなたが、私を助けてくれたのね」
少女の言葉に、酔いどれペンギン剣士は首をひねる。
「助けた? 我が輩が?」
「私、魔法でお酒にされていたの。もう元の姿に戻れないと思っていたけど……」
酔いどれペンギン剣士に向けられた少女の視線が熱を帯びる。
(ああ、魔法で姿を変えられた私を助けてくれる人がいるなんて、まるで物語に出てくるお姫様と王子様のようだわ。けれど、何故その王子様がペンギンなの? 私を助けてくれた王子様が異種族だなんて……。でも、きっとこれは運命なんだわ。よく見れば、つぶらな瞳に頼もしいお腹。きっと私に相応しい素敵な王子様なのよ。それに、さっきは私に会えて幸せだとか、ずっと一緒にいたいって言ってくれたわ。あんな情熱的なことを言われたのは初めて。異種族だとみんなから反対されても構わない。私は必ずこのペンギンさんを手に入れてみせるわ!)
と決断を下すまで数秒。
頬を赤く染めた兎耳の少女は、恥じらうように両手を後ろにまわした。
「ペンギンさん、あの、私……」
そう言いながら、兎耳の少女はふたたび胸の前で手を握りしめる。
その手に持っていたのは、ひとふりの斧
斧を構え、兎耳の少女は可愛らしく微笑んだ。
「あなたを狩って、あ・げ・る!」
「クケエェーーっ!」
酔いどれペンギン剣士は叫び声を上げると慌てて部屋から飛び出した。
酔いどれペンギンは剣士だ。今まで様々な相手と戦ってきた。中には手強い敵もいたが、怯むことなく戦ってきた。しかし、
(あれは……ヤバい!)
研ぎ澄まされた戦士の感が、ペンギンとしての本能が、アレと戦ってはならないと告げている。
「あら、お待ちになってぇ~」
兎耳の少女は酔いどれペンギン剣士を追いかける。
手に持った斧を振り上げながら。
その頃、とある酒屋では。
「今さらそんな事を言われてもな」
酒屋の主が渋い顔をしていた。知り合いが、渡した酒を返してくれと言うのだ。何でもあの酒瓶は魔法で何かを封じ込めたものだという記録が見つかったのだ。
「しかし、あの酒は馴染みの客にもう売ってしまったぞ」
「そうか……。まあ、封印が解けなければ普通の酒として飲めるらしいんだが」
「それなら、きっともう全部あの人の胃袋の中に入っているだろうな」
「なら安心だ。酒に解呪の魔法をかける人なんていないだろうしな」
けれど、二人は知らなかった。
この世には、どんな呪いでも解くことができる「真実の愛」という魔法があることを。
そして、心から愛を告げるほどお酒が好きな剣士がいることを。
この二つが引き起こした運命の出会いを、彼らはまだ知らなかった。