【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 11
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銀座マンホール
投稿時刻 : 2015.04.11 23:47 最終更新 : 2015.04.15 13:14
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- 2015/04/15 13:14:32
- 2015/04/11 23:48:25
- 2015/04/11 23:47:51
銀座マンホール in the Manhole
すずきり


 キミシマは雨に濡れた銀座の裏通りを一人トボトボ歩いていた。そろそろ春が来るというのに、しぶとい冬が街にへばりついているような、寒い夜だた。
 彼は所々ほつれた黒い革の鞄をぶらぶらさせて、何度も時計を見てはため息をついた。時刻は23時半。つい最近彼女と別れたばかりなので、さきまで、一人孤独にバーで酒を飲んでいたのだが、ふと何かを無くしたことに気がついて大慌てで店を飛び出した。今日もずと身につけて持ていたはずなので、駅からバーのあるひそりとしたビルの隙間の通りのどこかで落としてしまたのだろう。キミシマはそう考えて、深夜の銀座を歩き回た。
 30分探してもそれは見つからなかた。鞄の中をひくり返しても、ジトを裏返してもやぱり無かた。酒も薄れてくると、面倒なことになたという思いがずしりとキミシマの肩を重くした。
 終電も近い。キミシマはまたため息をついた。
 すると薄暗い街灯の端を何かが通り過ぎた。あたりには誰もいないと思ていたキミシマはびくりして小さく「ひ」と声を上げた。それはでぷりと太たネズミだた。灰色のまるとした身体を左右に振りながら、ネズミはキミシマにお尻を向けて走ていた。キミシマはなんだネズミかと安堵しつつ、その行方を眼で追た。ところがネズミは10mほど路地をすすんだところでこつ然と姿を消した。街灯の光が届かない闇の中へ吸い込まれたように見えた。
 キミシマはなんだろうと思て、ネズミが消えたところまで歩いていた。雨に濡れたアスフルトは黒曜石のように黒々としていて、街灯や店の看板の光を反射してキラキラと輝いている。しかしネズミの消えたところだけが、光を一切反射せずに、まるで世界を丸く切り取た様な具合に、深い闇になていた。キミシマはそれがなんなのか一瞬の間わからなかた。あまりにも黒くて闇が濃かた。
 携帯のライトを付けてそこを照らすと、それが丸い穴だということがすぐにわかた。
 キミシマはまたしても、なんだ、とほとした。それはマンホールだた。何故か解らないが蓋がないのだ。キミシマはライトで照らしながら周囲を探してみたが、青いプラステクのゴミ箱や煙草の吸い殻、ビール瓶が転がているだけで、蓋らしいものはどこにも無かた。
 そのまま素通りしても良かたが、キミシマは流石にこれは危ないな、と思た。自分も普通に歩いていたらこのまま真逆さまに穴に落ちて、大けがをしていたかもしれない。あるいは、死んでいたかもしれない。偶然ネズミが先を歩いていたから、穴に気付くことが出来たのだ。
 すると穴の底からかつんかつん、と足音が響いて来た。
 誰かが下に居るんだ、とキミシマは思た。下水道の業者か何か知らないが、そいつが蓋を開け放しにしているのだろう。キミシマは危ないぞ、と注意してやらねばなるまいと考えてマンホールの梯子に手をかけた。
 梯子は巨大なホチキスの針みたいな形をして、底まで並んでいるようだた。キミシマは気をつけながら下ていた。穴は随分深かた。途中上を見上げると、丸く切り取られた空がとても小さく見えた。ということは穴に落ちたらそれだけ危ないということだ。
 キミシマはやと一番底に降り立た。真暗で何も見えない。さきの足音はどこへ行たんだろう? 頼りないが、携帯のライトをつけて辺りを歩いてみることにした。降りてすぐ右は鉄格子で塞がていたので、その逆方向に足音の主がいるはずである。
 ライトでぐるりを照らしてみると、天井はトンネルの様に丸く、地面は真平らにコンクリートで舗装されていた。意外なことに、水の流れは無かた。マンホールの底というのはどこも下水道で、水が流れているもんだと思ていたキミシマはちと驚いた。ここは作業上用いる何かしらの通路、連絡路みたいなものかもしれない。

 しばらく歩いていると、暗がりの向こうから足音が近づいて来た。やと人を見つけた、と思たがライトでその姿を見てキミシマは仰天した。彼はモスグリーンのヘルメトを被た白人だた。そしてその手には重々しい銃が握られていたし、背負たリクははち切れそうな程膨らんでいる。ベルトにはもと物騒な武器もひかけられている。
 彼は汗を垂らしながら、つま先から50センチ先の辺りを真剣に見つめながらキミシマの横をすと通り過ぎていてしまた。
 キミシマはというと、その場に固まていた。銃を持ていたのと身体のでかい外国人というのもあて、心底びびてしまたのだ。はとして振り向いた時には、すでに携帯のか弱いライトでは照らせないところまで離れてしまていた。
 彼はなんだたんだろう? と思ているうちに、また足音が闇の中から聞こえて来た。それも、一人二人ではない。ぞろぞろと、重層的な響きがする。
 最初に見えたのはトレンチコートを着た若い女性だた。ポケトに両手をつこんで、やれやれという風に頭を振りながら、やはり彼女もキミシマなど気にもかけずに、脇を抜けていた。そして次に野球のユニフムを着た背の高い青年がよたよたとしたおぼつかない足取りで現れた。
 それから何人も何人も次々と様々な姿が現れた。この闇の向こうには何かがあるらしい。
 キミシマは誰かに声をかけてみようという気になた。皆一様にキミシマに眼もくれないが、質問くらい聞いてくれるだろう。
 次に現れたのはギターケースを抱えた、長髪の男だた。年齢はキミシマと同じくらいかもしれない。
「あの」
 そう言うと、彼は顔を上げて立ち止また。
「俺?」
 長髪の男は指を鼻に向けて言た。
「ええ。……この先て何があるんですか?」
 キミシマは真暗闇の向こうを指差した。
 長髪の男は、キミシマの差した闇の方を見てから、「何も」と言た。
「え? 何も無いんですか? こんなに沢山の人がいるのに」
 キミシマは訊いた。
 長髪の男は面倒くさそうに頭をかいてから、息を吐いた。それから恥ずかしそうに、人目をはばかるように、ぼそぼそ言た。
「つまりさ、何も無かたから、みんな帰て来てるんだよね」
 長髪の男はそのまま別れも言わずにキミシマを通り過ぎていた。
 また一人きりになたキミシマは、奥に進むか迷た。この先には何も無いというなら、行ても仕方が無い。しかしあの男の言うことを鵜呑みにして引き返していいものか。
 と、そこへグレーのスーツをきりと着こなした姿勢の良い女性がかつかつとヒールを鳴らしながらやてきた。
「あの」
 キミシマはさきと同じように声をかけた。
 女性はきびきびと頭をキミシマに向けて、「何?」と答えた。ハスキーで色ぽい声音をしていた。
「この奥て、何かあるんですか? 貴方はどこからやてきたんです?」
「この奥も何も、ずとこの調子よ。真暗で、息が詰まりそうなくらい狭苦しくて、寒くて……そんな道がずと向こうまで続いているだけ。たぶんね」
 彼女は少し疲れた様な顔つきで、肩をすくめて言た。
「たぶんて?」
「私だて一番向こうまで行たわけじないもの。しんどいから引き返して来たのよ。みんなそうでし、この世界に生きる人間ていうのはね。あんたもささとこんなところ、出てた方が良いわよ」
 彼女は片手をひらひらと振て、他の皆と同じくキミシマの横を抜けて行こうとした。しかしまだよくわからないことばかりだ。キミシマは思わず、彼女の腕を掴んでいた。
「何? まだ何か?」
「ここは一体、なんなんですか? 下水道か何かかと思たけど、どうも違うみたいです。僕は探し物の途中で、偶然ここにやてきただけなんです。教えてくれませんか?」
 彼女はじと動かなくなた。ただ視線をキミシマに向けて、ゆくりとまばたきをするだけだ。何か躊躇しているらしい。その瞳には同情のような、哀れなものを見る様な色があた。
 何度か息を吸て、吐いてから、彼女はキミシマに詰め寄て言た。
「貴方が探しているものて何? きとそんなものは見つからない。地上を探しても、広大な暗闇の中を探しても。どこにも無いのよ。だて本当は探しているものなんて何も無いんだもの。ただある時、それを落としてしまたような気がするだけ。そんな瞬間が誰にでも訪れるの。……でもね、確かに時折、それを見つけて来る人が居る。この通路の一番奥まで辿り着く人がね。この通路はそのためにある。貴方がそれを成し遂げる人かどうかは私にはわからない。ただ、多くの人が引き返して地上に戻ていくことは確かよ。私もそう。そして地上で生活するのよ。探し物は忘れて、『それ』はこの闇の奥深くに置いてきたことにして、普通に生きるわ」
 そのとき、携帯のライトが消えた。充電が切れたらしい。そこは一寸先も見えない闇になた。
「貴方はそれでも探すの?」
 彼女はキミシマの応えを聞かずに、その場を去た。かつ、かつ、とヒールの音を響かせながら、彼女は遠ざかていた。
 キミシマはもうどちらに道が続いているのかもわからない闇の中で、呆然と立ちすくしていた。
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