第27回 てきすとぽい杯
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パーティーがすんだら
大沢愛
投稿時刻 : 2015.06.20 23:42
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パーティーがすんだら
大沢愛


 たぶん、だけれど、パーのすんだあとの態度で、ひとの性格て分かる気がする。

 パーの最中は誰でもそこそこ恰好をつける。目をつけた子に料理を取り分けたり、飲み物を用意したりしてご機嫌を取り結ぶのに余念がない。好感度がアプするにつれてテーブルやカートには汚れたお皿やタンブラー、アルミ缶が積み上がていく。お開きになて、「片づけよう」と誰かが言い出し、ポリ袋におつまみの空き袋やアルミ缶を次々に放り込んで行く。ベランダに置いた灰皿用の空き罐も吸いがらごと抛り込む。お皿を重ねてキチンのシンクに積み上げる。タンブラーはキチンのテーブルに移すだけ。

場所提供者としては「ありがとう」と言てみせるべきだろうが、ありがたい要素は希薄だ。
潮が引くみたいにみんながいなくなる。
窓は全開で換気扇が回ている。お酒とおつまみの臭いの籠る部屋の真ん中に座り込む。

 駅から近い、という理由だけなら桜子や瑠奈のアパートだてかまわないはずだ。要するに、私が断れないことを見越して頼んでくる。あとひとつ、私の部屋が12畳の広さだという点も大きい。母方の祖父母が経営していたアパートで、私が一人暮らしを始めるにあたて二部屋をぶち抜いて提供してくれた。その気持ちは本当にうれしかたけれど、いまとなては果たして良かたのかどうかわからない。
 飲めないお酒で顔が火照る。散らかたキチンと、食器の痕がテラテラ光るテーブルと、どちらに向えばいいか分からない。おおきく息をつく。部屋に沁み込んだ臭いは、フブリーズで上書きしてもしつこく顔を覗かせる。衣裳ケースに目張りをしておけばよかた、と思う。途中で陽斗が上に座て撓ませるからあまり意味はないかもしれないけれど。

 ドアをノクする音。静かに開く。キミソールにパンツの柚菜が立ていた。
「やほー、愛莉ー
パンプスを脱ぎ捨てて上がてくる。
「きたないねー。なにこの搾取の現場?」
「知らないよ。文句あるなら帰て」
 シトボブの髪を振りながら、そのままキチンへ入る。
「ひでー。あいつら家事てものをしたことないの」
 それはポイントがちと違うと思う。したことの有無ではなく、する気がないのだ。
「ちとどけるよー。うわ、こりひどい」
 食器の触れ合う音がひとしきり続く。やがてシンクで水音が始まる。身体の表面が急に解れた気がした。できればいますぐシワーを浴びたいけれど、ひとに洗い物をさせておいて自分だけ、というほどの度胸はない。
「最初に『片付けよう』と言い出すやつて、他のやつらが動き出すころには徐々にフドアウトするもんね。印象付けができれば十分、みたいな。瑛太あたりがそうでし
 当たりだ。かつての壁の名残の柱に後頭部を凭せ掛ける。
「袋に片端から物を入れるのは、適当なところでその袋を他のやつに渡して知らんぷりするんだよね。渡されたマヌケは、とにかくいぱいにして袋の口を括てそれで終わり。仁と隼人、そうじない?」
「どかから見てたわけ?」
 柚菜は食器を片端から洗い上げてシンク左の乾燥機に入れていく。私が使うときの1.5倍は入る。どうやて入れているのか、じくり眺めたけれど、よく分からなかた。ただ、乾燥終了後にハチを開けるのにすこし手間取るけれども。
「お皿を集めてみせるのは京香。家庭的に見せたがてたから。タンブラーを運ぶのは花音。お盆を使わないから両手で4個ずつしか持てないけれど。アルミ缶は凛ね。胸に抱えて重そうに運ぶ。でし?」

 目の前に封を切らないミネラルウターのペトボトルが倒れていた。拾い上げてキプを開け、ひと口飲む。視野がほんのすこしはきりしてくる。柚菜が部屋に戻てくる。濡れ雑巾でテーブルを拭き、向かいに座る。
「ねえ、愛莉。こんなこといつまでもやててどうするの。あいつら調子に乗り過ぎ。言いなりになることなんてないよ」
 柚菜はテーブルに肘をついて身を乗り出してくる。
「仕方ないよ」
 私が言うと、軽く机面を叩く。
「だ・か・ら、愛莉は悪くないて」
「だけどさ、生き残たのは私だけだもの」

 夏休みに海に行た記憶が蘇る。崖下のカーブを曲がり終えたところに、ダンプカーが突込んできたのだ。潰れたシートの隙間に落ちた私以外は全員、亡くなた。陽斗も、桜子も、瑠奈も、瑛太も、仁も、隼人も、京香も、花音も、凛も、だ。
「あいつらだてこんなことしていても決断が遅れるだけだから。今度あいつらが来たら隙をついて顔に水をかけて。死者は水濡れ厳禁だから、それでもう来られなくなる」
 柚菜の顔は穏やかだた。キンパスで見かけると、いつも笑顔でやて来て一緒に過ごした。大学に入て最初にできた友だちだた。お互いの部屋にお泊りしたし、私が悠真と付き合い始めたときにも真先に紹介した。その後、友だちは増えたけれど、柚菜ほど心を許せる親友はできなかた。

「あいつらが片づけを手伝わないのは、水に触れられないからなんだよ。いろいろ言たけれど、仕方ない面もある。まあ、生きていたて性格はあの通りだけれど」
 ミネラルウターをもうひと口飲む。キプを取り落とす。柚菜がテーブル下に手を伸ばした。右手に握たボトルが閃き、柚菜の顔に飛沫が散た。
 部屋の中には私のほかには誰もいなかた。キチンを振り返る。洗たはずの食器はシンクに山積みになていた。ミネラルウターのボトルのキプを締める。ゆくりと立ち上がた。

 キチンに立つ。背後からお酒の臭いが押し寄せてくる。

 あの日、海への旅行を休んだ柚菜は、高原への道で事故を起こしていた。ハンドルを切り損ねて、柚菜の86は立ち木に衝突し、即死だた。隣に乗ていた悠真もろとも。
 蛇口をひねる。流れ出した水にお皿を晒し、中性洗剤をつけたスポンジで擦て行く。

――柚菜、悪いけど私は海に行くんだよ。

 ナツのかけらを嚙んでざらざらするスポンジを軽く水に流す。

――だから、高原に行たアンタとは、話が合わないと思う。

 だから月に一度のパーくらい、構わない。汚れものの数にはけこううんざりするけれど。
 濯いだお皿を乾燥機に入れてゆく。予定の三分の一くらいでいぱいになてしまう。
 やぱり、柚菜みたいにはうまくできない。
 そとつぶやくと、笑いがこみ上げてくる。
 吹き込む夜風が、いつの間にか夏のにおいへと変わていた。

          (了)
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