てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 13
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the_flame(unfinished)
(
朝比奈 和咲
)
投稿時刻 : 2015.07.19 19:33
最終更新 : 2015.07.19 19:59
字数 : 9895
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2015/07/19 19:59:29
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2015/07/19 19:56:11
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2015/07/19 19:55:50
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2015/07/19 19:42:38
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2015/07/19 19:33:09
the_flame
朝比奈 和咲
授業が全て終わ
っ
たので、この教室からいちばん近い自習室へ向かうことにした。
予備校が閉まる時刻まであと二時間あ
っ
た。英語の授業が辛く、先生の板書を書き写せても、理解はできていない。重要英単語や熟語の暗記はできた。サルでもできることだから、なんのアドバンテー
ジにもならない。
辛いのは長文の速読だ
っ
た。せ
っ
かく覚えた英単語の意味がつながらない。日本語がぎこちなく、英文和訳の問題に時間がかかる。さらに困るのは、私の速読のまま和訳すると、全ての登場人物の話し方がやたら丁寧にな
っ
てしまう。女子が男子にCool! と言
っ
たシー
ンを「カ
ッ
コいいです!」と訳す、そしてYEAH! という返事をそのまま「イエー
イ!」。日本人が日本語でそんな会話をしていたら噴飯ものだと思
っ
た。少なくとも私は「カ
ッ
コイイです!」だなんて口が裂けても言わない。
十一階の自習室の入口に着き、隣にある自習室利用受付発券機で空席を探した。が、この階の自習室は満席だ
っ
た。センター
試験まで残り三か月を切
っ
たからだろうか。一週間ほど前から自習室は空きが少なくな
っ
た。夏休み中にはありえないことだ
っ
た。
夏休み中は日が沈む前に帰宅する人が多く、八時過ぎになると空席があちこちにあ
っ
た。友達と一緒に帰宅する彼らの方が高校生として正しい姿なのだろうと思い、予備校に友達がいない私としては会話を弾ませながら帰宅する彼らが羨ましか
っ
た。その反動か、ああいう奴らがセンター
試験が近づくにつれに辛い思いをするんだと決めつけ、今に見てろと一人で必死に英語の長文問題を解いていた。そうして今。できなくて焦
っ
ている私がいる。なんとも、滑稽な話だと思う。
自習室は他にもあ
っ
たが、私はなんとなしにドアノブに手をかけ、席もないのにそのまま入室した。相変らずの広く薄暗い静かな一室に、一つ一つブー
スにな
っ
て隣と区切られた机が並んでいた。机の幅は広く、B5ノー
トを二冊広げてもまだ余裕があるほど。机と机の間にはやや分厚い木製の仕切りがあり、予備校生は通路を挟んで背中合わせにな
っ
て机に向か
っ
ていた。通路はO字型に繋が
っ
ており、出入り口はここだけだ
っ
た。
私はその通路をゆ
っ
くりと歩きながら彼らの様子を一人一人ざ
っ
と見て行
っ
た。黙々とひたすら己の受験勉強に励む姿は、座禅に一心し瞑想に励む禅僧たちのように思える。この感想は初めて入室したときと変わ
っ
ていない。実際に、寝ているのか瞑想しているのか分からない人もちらほらいた。いさぎよく眠
っ
ている人を見ては、寝るぐらいなら私と変われよと思
っ
た。
角に当たり、左に曲がりながらふと思
っ
た。
私はい
っ
たい何をしているのだろう、と。
この自習室には窓がなく、会話もなくて、電波も繋がらない。この三つの条件が揃うだけで、多くの高校生はほとんどの行動を封じられるのではないかと思
っ
た。ひと一息入れようと思い眺めたくなる外の景色もなく、気分転換のための会話もない。
ある女子がこの自習室は電波がつながらないから心細いと言
っ
ていた。問題に頭を悩ましているとき、誰かのツイー
トを見ると少しだけ元気になると友人に言うと、友人は大学の先輩のツイ
ッ
ター
を見てると和むと言
っ
ていた。勉強は一人でするものだと思い、勉強しているときはスマー
トフ
ォ
ンに決して触らない私としては、二人の会話は馬鹿にしたいところもあ
っ
たし、共感してしまう内容でもあ
っ
た。
見かけたことのある青と白のボー
ダー
柄のTシ
ャ
ツを着た人が右手に見えた。その囚人のような姿から、すぐに私は石川だと分か
っ
た。
近づいてみると、石川は勉強の代わりに違うことを熱心にや
っ
ているようだ
っ
た。彼の右側に開かれたテキストを彼は全く見ることなく鉛筆をひたすら動かしていた。
石川に限
っ
たことではないが、彼は私が背後で立ち止ま
っ
たことに何も反応しなか
っ
た。この自習室で勉強する人たちは何者かが何を思
っ
て背後で立ち止ま
っ
ていようとも、気にする素振りも見せずに何かをし続ける。彼もひたすら鉛筆を動かしていた。紙と鉛筆のすれる音をささやかに出し続けながら。
私はできるだけ邪魔せぬように石川の机を横から覗き込める位置まで踵を返した。彼は左側に寄
っ
て机に着く癖があ
っ
たので、仕切りと彼の間は十分広く、それでも頭を下げて書いているときは見ることができず、彼がや
っ
と鉛筆を置いて顔を上げたときに大学ノー
トを覗き込めた。
ノー
トには今にも揺らめきそうな白黒の炎が描かれていた。先端に近づくほどく
っ
きりと輪郭が描かれながらも薄く描かれた炎は、火元から外側へと何段階にも熱そうなグラデー
シ
ョ
ンを帯びていた。
鉛筆を持ち替えると、やたら熱心に燃え盛る炎の絵の続きを描き始めた。ノー
トの右側のペー
ジを使い、鉛筆でガリガリと炎の先を書き込んでは、鉛筆を寝かしたと思うと火元を塗り始めた。何度も何度も鉛筆を往復させ、消しゴムを使
っ
て薄く消したかのように見えると、また塗り始めた。
ノー
トの右斜め上には広げられたままの参考書がほ
っ
たらかしにされていた。それが現代文の参考書だと分かると、私は夏休み前の石川の模試の点数を思い出した。彼は現代文だけ全国平均を下回
っ
た。そして急遽、現代文の単科講座を受講し始め、私と同じ講座には出てこなくな
っ
た。それでも、顔を合わせれば話している。
そこまで仲良くはないと思う。一人ぼ
っ
ちと見られるのが嫌だから、適当な同盟関係を結んだに過ぎないのだと思う。現代文の授業のときの席が隣だ
っ
たから、石川は私に声をかけたのだと思う。友達とはいえない気がした。
やがて天に上る揺らめく炎の先を描き終えたらしく、次に石川は炎の背景に立ち昇る手早く煙を描き始めた。
ところが、その煙がまるで漫画チ
ッ
クな煙で、今までリアルチ
ッ
クに描いていた炎と似合わぬくらい固く不器用な煙だ
っ
たので、私はそのアンバランスさに思わず吹いてしま
っ
た。炎の先はどこまでも細く長く立ち上
っ
ていきそうに描かれているにも関わらず、煙はシー
ルをぺたりと貼り付けたように描かれ全く動きそうに見えなか
っ
た。
私が思わず吹き出しても、彼は全く振り返ることはなく、それはこの部屋にいる人たちもそうだ
っ
た。みな、一様に何かに取り組み、私を無視している。
それにしても、石川も、その他の人たちも、どこからそんなダサい服を手に入れてくるのだろう。
このとき、私はまたもや何をしているのだろう、という思いに駆られ、石川の煙がこの後にどうなるのかと気になりながらも、足早に自習室から出ていくことにした。
「おう、ち
ょ
っ
といい?」
翌日の夕方過ぎ、空き教室で一人でおにぎりを食べていた時に石川から急に声をかけられた。て
っ
きり昨日の自習室で覗き見していたことを言われるのかと思
っ
たが、挨拶を返すとため息交じりにこう言
っ
てきた。
「現代文教えてよ。どうしても伸びない」
石川とはもう現代文の授業は同じクラスではなか
っ
た。私の知らない単科講座の教科書を見せてきたが、解いてもいない問題にアドバイスできるはずもなく、やんわりと断
っ
た。
彼は「ケチ」とだけ言うと机を挟んで私の前に座
っ
た。
「どうや
っ
て解いてるんだよ。あんなに早く」
「日本語でし
ょ
、そのまま読んで、そのまま答えればいいだけじ
ゃ
ない」
思
っ
たままのことを素直に言うと、彼は「単科講座の先生もそう言
っ
てたよ」と言
っ
た。
それから彼は口を開かず、その間に私はおにぎりを全て食べ終えた。彼は珍しく制服姿で、細身な身体に紺色のブレザー
とネクタイをした姿が少しか
っ
こよく見えた。
本当はさ
っ
さと食べ終えて自習室に行くつもりだ
っ
たが、なんとなしに彼と話したか
っ
た。
「なにが分からないのよ」
「どうして間違えるんだろうなあ、
っ
て」
「間違えるように問題が作られているからでし
ょ
。私だ
っ
て、どうして英語の長文で間違えるんだろうと思
っ
てるわよ」
私がそう言うと、彼は首を捻
っ
た。
「英語? 英語こそそのまま読めばいいんだよ」
「できる人はみんなそういうよね」
「うわー
、俺よりできてるくせによく言うよ」
「この前の模試は勘が当たりすぎて参考にならないわよ」
「俺の国語も今はそんな感じだ。勘が冴えてる
っ
て感じ」
十月の模試は思
っ
たより簡単だ
っ
たのかも、と二人で頷くと、話は止まりお互いに口を閉じた。私があくびをすると、彼は眠たそうに目をこす
っ
たりして、そしてスマホを取り出していじり始めると、私も真似するようにスマホを取り出した。授業まで残りおよそ40分、スマホですることもなく、私はスマホをしまうと二人きりでいるところを知人に見られたくなくて席から立ち上がろうとした。
「自習室、あいてないよ」
スマホをいじりながら彼が言
っ
た。「そうなの、ありがとう」と私が言うと、「あの自習室、最近にな
っ
て人気が出てるみたい」と言
っ
てスマホをカバンにしま
っ
た。
「炎、書くの好きなの?」
行先を失
っ
た私はそう言
っ
て着席した。彼は今から夕飯を食べるらしく、カバンからコンビニで売られている焼きそばパンとメロンパンを取り出した。
「いや、絵を描くことは好きだけどよ、別に炎が好きなわけじ
ゃ
ない。そういや昨日、自習室で俺のノー
トを覗き込んでた
っ
け」
「知
っ
てたの?」
「知
っ
てたけど、あの自習室で声出す
っ
て、すげえ勇気がいる」
私は思わず笑
っ
て頷いた。彼は焼きそばパンの包装の封を縦に切
っ
た。いつもコンビニで見かけている焼きそばパンは、彼が一口目を頬張るときに特に美味しそうに見えた。
「最近食べていないなあ、焼きそば」
「復活したよな、ペヤング。コンビニ行
っ
たけど売り切れだ
っ
た」
「食べたか
っ
たの?」
「いや、別に」
ふー
ん、と私が適当に返事をすると、焼きそばパンを半分ほど残して彼はメロンパンに手を出し、一口がぶりついた。
飲み込み、指先で口元を拭いてから言
っ
た。
「単科講座の小説が芥川龍之介の地獄変でな。それを解いていたら炎の絵を描きたくな
っ
た。ついでに描いていたら、絵師の考えも少しは分かるかな
っ
て思
っ
たんだけど、無理」
「分かるわけないでし
ょ
うが、そんなの」
「でもよ、この時の絵師の考えとして適切でないものを一つ選べ、
っ
て問題が出てくるのよ」
「それ
っ
ぽい根拠を探すんじ
ゃ
なくて、明らかに違うことが書かれているのを見つければいいだけでし