てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 11
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工場
(
茶屋
)
投稿時刻 : 2015.04.18 16:02
字数 : 4069
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工場
茶屋
魚にな
っ
た夢を見た。
空中を泳ぐ、透明な魚。
人々からは見えない魚。
魚はただ泳いでいた。
時たま気泡を吐き、時たまその瞳に通行人の姿を映す。
昼の太陽を上に、アスフ
ァ
ルトの地面を下に、電柱の脇を過ぎ、人々の合間を通り抜け、流れに乗る。
カー
ブミラー
にはその姿は映らず、それを不思議とも思わない。
私は夢の中で疑問も抱くことなく、魚として、魚のままに気ままに泳ぐだけだ
っ
た。
だが、ふとしたことで私の人としての思考が突然浮き上が
っ
てくる。
胡蝶の夢。
すぐにそんな考えを打ち消す。
いや、今が現実のはずがない。これは夢だ。
そう思
っ
た瞬間、目が覚めた。
くすんだ白の、もうそろそろ灰色と言
っ
てもいいかもしれない、天井が見えた。
遅れてベルの音が聞こえてくる。
目覚まし時計のけたたましい金属音だ。だがそれは妙にくぐも
っ
ていて、この部屋の中でな
っ
ている音ではないことが察せられる。そう、隣室から聞こえてくる音なのだ。壁を隔てた部屋の中で鳴
っ
ている目覚めの音なのだ。毎朝こうだ。平日だろうが休日だろうが夜勤明けだろうが関係なしに、き
っ
かり同じ時間に五分間だけ目覚ましのベルの音が隣室から聞こえてくるのだ。迷惑な話だが、隣人に文句を言うわけにはいかない。何故なら、隣人などいないからだ。私がこの社員寮の一室に越してきた時には既に隣人はいなか
っ
たし、こうして今まで誰も隣室に越してくることはなか
っ
た。だから、隣人などいないのだ。ただ、目覚まし時計があるのだ。毎日同じ時間に鳴る目覚まし時計があるのだ。き
っ
とかつての隣人が遺してい
っ
たものなのだろう。電池も切れずに、あるいは太陽電池なのか知らぬが、今もセ
ッ
トされた時間を乱れることなく、毎日鳴らし続けているのだ。もう既にいない部屋の住人を起こそうとするために。けれども、それは推測にすぎない。本当に目覚まし時計が置かれているのを目にしたわけではない。ひ
ょ
っ
としたら目覚まし時計なんてないのかもしれない。幻聴? あまり考えたくはない。毎朝隣室から聞こえる幻聴なんて。じ
ゃ
あ、こんなのはどうだろうか。隣室には目覚まし時計の幽霊がいる。それが毎日ベルを鳴らしているんだ
っ
て。目覚まし時計の幽霊。ひどく滑稽な気もする。けれどもなんだかそんな考えが妙に気に入
っ
て、そんな空想を膨らませながら、歯を磨き、顔を洗う。
洗面台の鏡に映る自分の顔を見て、果たして自分はこんな顔だ
っ
ただろうかと思
っ
たりする。こんな顔だ
っ
たと言われればこんな顔だ
っ
た気もするが違うと言われればそんな気もする。何となく、し
っ
くりこない。じ
ゃ
あ、どんな顔だ
っ
たらし
っ
くりくるのかと問われれば、答えに窮する。まあ、顔なんてどうでもいいじ
ゃ
ないかと思い、洗顔料を水で洗い流す。ふと鏡を見ると血だらけの男がこちらを見てにんまりと笑
っ
ている。別段、驚きもしない。ふと目をそらしたすきに元の自分の顔がそこにある。この鏡は色々なものが映るから、信用ならないのだ。だから鏡を見て自分の顔に疑問を思うような羽目になる。不便な鏡だ。
朝食を済ませ、服を着て、出かける。どこへ? 工場へ。
工場は社員寮に隣接していて徒歩五分もかからない。古びた工場だ。古びているがやたら広い。私は奥まで行
っ
たことがないからわからないが、自転車どころか車で移動した方が早いくらい遠くまで続いているらしい。そうらしいのだが、まああまり興味がない。自分の持ち場は工場の割と手前の場所に位置しているものだから奥に行く用向きなどないのだ。
同じ時間帯に出社してきた同じシフト帯の同僚たちと挨拶をかわしながら、ロ
ッ
カー
ルー
ムへ向かう。ここで作業着に着かえる。さ
っ
き着替えたばかりで面倒である。面倒だからい
っ
そ自宅から作業着を着てくれば良いような気もするのだが、業務以外での構外での作業着の着用は禁止されているのだから仕方がない。面倒と思いながらもロ
ッ
カー
を開ける。ゴロン、と何かが落ちてきた。生首だ。誰かの悪戯だろうか。驚かしてやろう
っ
ていう魂胆なのだろうだけれどもお生憎様、全く驚くこともなくため息だけをつく。
「どうかしたのかい?」
近くにいたお
っ
ち
ゃ
んが覗き込んでくる。
「ロ
ッ
カー
に、生首が」
「生首かい」
「誰かの悪戯でし
ょ
うか?」
お
っ
ち
ゃ
んは顎をさすりながらロ
ッ
カー
のほうを眺めている。
「勝手に入
っ
たのかもな
ぁ
」
「生首が、勝手に
……
」
「まあ、いいんじ
ゃ
ねえか。そのうち消えるだろ」
「それもそうですね」
そんなふうに話しているうちに、生首は何処かへ行
っ
ていた。生首の所在など興味はなく始業時間も近づいていたので、ベルト式の工具入れを腰に巻いて、現場に向かう。
始業が近づき、社歌が流れる。スピー
カー
の調子が悪いのか、毎度違う音楽が流れているような気がしている。ゴボゴボと排水管を流れる濁流の音のような日もあれば、男の陰鬱でくぐも
っ
た独白のように聞こえる日もあれば、はたまた放課後の吹奏楽部の練習のようなとぎれとぎれのフレー
ズが聞こえる時もある。けれどもそれはどこか奥底で共通する何かがあ
っ
てやはりこの会社の社歌なのだという事だけはわかるのだ。わかるのだけれども一向にそれが何なのかはわからない。歌えと言われれば無理である。そもそも歌に聞こえるのは稀なのだから。それでも社歌なのだ、という事だけはわかる。
社歌が終わりに近づくころ、現場に従業員たちが集まり、ラジオ体操を始める。これは普通のラジオ体操だ。変なことがあ
っ
たとしてもフレー
ズが繰り返されて余計に同じパター
ンの体操をすることがあるという事ぐらいで。
それが終わると今日の仕事の確認や連絡事項などを上長が伝える。とは言
っ
ても毎日同じようなことばかりだから、それほど変わり映えしない。ただ「今日は電波に注意しろ」とか「ガンボギゲの調子がおかしい」とか「バンデンバをドダバするように」とか私には理解できない注意事項が混ざるのはいつも不安にさせられる。けれども末端の私には理解できない専門用語があるのは仕方ないことだ。それはより上級の専門職へ向けた注意なのだろう。そう思うことにしている。
私の仕事は単調だ。
上流のラインから流れてくるものを処理し下流のラインに流す。それだけ。専門的技能も何も必要としない、誰でもできる簡単なお仕事だ。上流から流れてくるのは黒いポリ袋に入
っ
た「何か」。その何かは袋の中でもがいていて、必死に袋の中から逃げ出そうとしているかのようだ。それを私は棍棒で殴る。一発で済むこともあれば何度も殴らなければいけないこともある。私はだいぶ長いことこの仕事に従事してコツを掴んでいるのは大抵は一撃で済む。おとなしくな
っ
たその「何か」は下流に流され、多分また別の「何か」に加工される。その「何か」が何なのか、私は知らない。知らなくても問題ない仕事なのである。もちろん、気にならないわけではない。その形状から何なのか考えることもある。魚介類? でも生臭い匂いはしない。何かの不良機械? でも感触は金属的ではない。犬? 猫? 鳴き声は聞こえない。何となくそれは無理やり袋に詰め込まれた人のようでもある。時たまその袋にシルエ
ッ
トに人の形を幻視することもある。けれども、何の確証もないし、結局「何か」がなんなのかわからない。
一度聞いたことがある。この作業は機械化できるのではないかと。そんなことになれば私は仕事を失
っ
てしまうか別の部署に転属にな
っ
てしまうのだろうが、ふと素朴な疑問を口に出してしま
っ
た。
「あれは人じ
ゃ
なき
ゃ
駄目なんだ。昔機械でやろうとしたことがあ
っ
たんだが、あの時は大変なことにな
っ
たよ」
上長がそう教えてくれたので、それ以上は聞かなか
っ
た。世の中には機械にはできないこともある。人間も捨てたもんじ
ゃ
ないのだ。
昼休み、食堂で飯を食
っ
ていると、突然スピー
カー
から警報が鳴
っ
た。
なんでも隣の工場の連中が戦争を仕掛けてきたらしい。緊急事態だ。私は急いで飯を平らげると他の連中に続いて武器庫へと向か
っ
た。思い思いに武器を持ち、隣の工場の連中が侵攻してきているという区域へと急ぐ。銃撃戦は既に始ま
っ
ていた。
工場は互いに侵食し合
っ
ている。その一形態として現れるのが従業員同士の戦闘だ。だから時たまこうした敵の侵攻やこちらからの侵攻が行われる。工場は実は工場を成長させるための部品や武器を作り続けているのだという噂がある。工場は生物のように自己の拡張のためにあらゆるものを製造しているのだと。そして、その中には当然のごとく従業員も含まれているのだと。そんな噂だ。そう、だからいくら戦闘が激化しても従業員の数が減るどころか増えているのだ。だが噂だ。確証なんてどこにもない。
状況は芳しくなく味方の前線が徐々に後退を迫られている。
そこで上長が状況を打開するための作戦を立てた。地下の配管を敷設している通路を移動し、敵の背後に出るというものだ。その部隊要員に任命された私はほかの従業員とともにマンホー
ルを開け、地下へと降り立つことになる。地下には電灯があるものの薄暗く、湿気がこもり、妙に重苦しい空気が流れている。地下には逃げ出した製品や自我に目覚めた従業員が潜んでいるという噂も聞く。地下作業を命じられた従業員が帰
っ
てこなか
っ
たなんて言うのはよくある話だ。
しばらく進んだところで突然、電灯の明かりが消えた。すぐさま懐中電灯がともされるが、それと同時に誰かの絶叫が響き渡る。懐中電灯は床に転がり、マズルフラ
ッ
シ
ュ
が時折視界に明かりをもたらす。銃声と絶叫と獣の叫び。何もかもが混在する中で、私の意識は次第に混濁してくる。
夢だ。
足音が聞こえる。
「おい、ひでえなこり
ゃ
」
「ほとんどやられてるな。残骸は回収しとけ」
「こいつはまだ再生できそうだぞ」
「脳が飛び散
っ
てるが、多少混ざ
っ
ても大丈夫だろ」
「もともと純度100%じ
ゃ
ないだろうしな」
目玉がぐるりと動く。
特務部の作業着だ。初めて見た。
夢だ。
夢の中で魚にな
っ
ている夢だ。
そう思
っ
た瞬間、目が覚めた。
いつもの社員寮の天井が見えた。
遅れてベルの音が聞こえてくる。
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