【BNSK】月末品評会 in てきすとぽい season 5
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ささやかな希望
投稿時刻 : 2014.08.02 06:29 最終更新 : 2014.08.02 15:42
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- 2014/08/02 15:42:17
- 2014/08/02 06:29:26
ささやかな希望
ほげおちゃん


 自然に還れ、という言葉が僕は好きだた。
 希望があるからだ。
 この世に存在する多くの人と同じく、僕がもとも恐れているのは死だ。どれだけ何を考えても、死という概念からは救われようがない。肉体が消失するということ、意識が消失するということ――肉体が消失しても魂が存在すると言う人はいるけれど、五感が無くなて意識が存在するほうがもと怖い。
 僕らはいつか死んで、朽ちて、蛆虫だがなんだかに砂みたいになるまで解体されて、風にさらわれて散り散りになて。しかし僕という存在はこの世から消えてしまうけど、僕を構成していた物質がこの世から消えるわけではなかた。自然の中を巡り巡て、何億年、何兆年……気が遠くなるほど長い年月の末に、「やあ、また生まれてしまたよ」て笑顔で言える日がもしかしたら来るのかもしれない。
 可能性はゼロじなかた。
 希望があるてことが、僕は好きだ。
 それも僕が好むのは、ささやかな希望なんだ。
 お金持ちになるだとかさ、名を上げたいだとか、そういうことじなくて。
 長年連れ添た夫婦て、普通はどちらかが先に旅立つことになる。
 先立たほうは、まあいいとして。
 先立たれたほうは?
 死んだときの反応はさまざまである。よく頑張たねて褒めてあげたり、なぜ死んでしまうんだて受け入れられなかたり、そもそも死んだことすらなかたように現実逃避する人もいる。だけど時間が経てば大抵の人は、死を受け入れるんだ。あきらめたてわけじない。ふたりは一緒になる前、離れ離れのときに思いを増長させた。それと同じように永遠の別れが訪れたときだて、そのときこそ思いを昇華させるときだてやがて気づくんだ。慣れない手で丁寧に、丁寧に板に作品を彫りこむみたいに。それがどんな作品になるかは分からない。だけどささやかな希望がそこに宿ていて……
 彼らは最期、「これであの人に会えるね」て言う。「会えるといいね」て僕は言う。死後の世界なんて無いと思うけど、そのときだけはあるといいなあて思う。

 ある日僕のところに、偶然ひとりの女の子が転がり込んできた。
 全身をシルで覆ていて、その子の瞳を見た瞬間僕は一発で気に入てしまた。そのときその子の年齢は十五歳で、まだあどけなさが残ていたのだけど、ささやかな希望の持ち主だてことがすぐに分かたから。実際、そのとおりだた。彼女の希望はただ「生きる」てことだた。
 「生きる」ということに関してはそれなりにエキスパートになたつもりでいたけど、彼女ほど単に「生きる」ことが困難な人物には今までお目にかかたことがなかた。何しろ国家レベルで狙われていたのだ。それも彼女が何か悪いことをしたという訳ではなく、特異体質のせいだた。どういう仕組みなのかよく分からないけれど、彼女の体は周りに漂ている魔力を延々と自分の中に溜め込むらしい。彼女自身がその魔力を使て魔法を唱えられればいいのだけど、残念ながら彼女には魔法の才能がなくて、本当にただどんどんと魔力を溜め込んでいくだけなのだ。だから彼女にとてその体質は全く意味がないものなのだけど、魔法を使える人には意味があ……脳の一部を破壊して「箱」化することで、他の人が魔力を取り出せるようになるらしい。
 「箱」化するには今しかないのだと、彼女を追いかけてきた人は言ていた。
 ここまできたらあえて言わなくても分かるだろうけど、僕は彼女を助けることにした。
 僕が追手をやり込めたとき、彼女はひどく驚いていた。全く助けられるとは思ていなかたようなので。それどころか、僕自身が彼女を捕らえるためにそうしたと勘違いしたようで、怯え逃げ惑て最初のほうは全然話にならなかた。僕の正体と、僕は魔法を使えないので、僕にとて彼女の特異体質は少しも価値がないことをこれでもかと伝えたのだけど。どうやら彼女にはこれまで、信じられるひとが誰もいなかたようなのだ。
 さんざん考えたあげく、僕は彼女を連れ出して外に出ることにした。魔力を吸収しているせいなのか、彼女の体には黒い炎みたいな模様がたくさん浮かんでいたけれど、日差しが強くシルで全身を隠している人は珍しくなかたから、同じような格好で外に連れ出しても簡単に見つかることはなかた。
 道端の屋台で食べ物を買う。
 羊肉の串焼き!
 それは僕が一番好きな食べ物だた。これまでいろんなお肉を食べてきたけれど、最強なのはやぱり羊だ。次に鹿、馬。牛などとは比べ物にならない。しかもこの食欲を増進させるスパイスの香り!
 しかし僕はそれを彼女に譲てあげたのに、彼女は全く口をつけようとしなかた。自慢じないけれど、僕はいつも奢られるほうで、奢てあげたのは生まれて初めてだたのに――そのとき僕は彼女のことがちと嫌いになた。彼女が苦労しようが嫌な目に会おうがどうでもいいと思たのだ。だから僕は彼女を連れて、街の外に探検に出かけることにした。
 僕は彼女の手を引いてどんどん進んでいた。丘を越え、草原を越え。彼女はほとんど歩きなれていないのか、すぐにぐずて地べたに座り込もうとする。強引に引張り起こし、また歩いて……結局彼女は歩けなくなて、僕がおぶてどこまでも歩いた。草原を行く、川を渡る、森の中に入て、猪を撃退して……山を登て、登ていく。辺りはもうすかり暗くなていた。ガラスを砕いて散りばめたような星空。気がつけば、彼女はその星空に見とれているようだた。おぶている体が規則正しく、ただし大きく深呼吸を繰り返していて、静かなうちにも興奮しているのが分かたのだ。もしかしたらそんな風に、ゆくりと星空を眺めるのは初めてだたのかもしれない。
 僕は山の頂上に着くと、彼女を下ろしてやた。視界の向こうに広がるのは雲の海だ。僕らが住む大陸の中心には穴が開いていて、山の頂上に行けば穴を上から見下ろせる。そこはいつも高速で雲が流れていて、日中は船がその雲に乗て行き来している。夜の今は船の姿が見当たらず、禍々しいどす黒い雲がもくもくと姿を現しては消していた。
 とにかく、空に、山に、海だ。三点セトで「どうだ!」て彼女に突きつけたけど、反応は全くなかた。また串焼きのときと同じかと思たけど、あのときと違て今回はぼーとしているだけのように見える。
 一体どうしたのかなと思て表情を観察していると、急に彼女が笑い始めた。どれだけ我慢しようにも噴出さずにはいられないといた感じで、目元をだらしなくさせてクスクス笑ているのだ。驚いて声をかけられずにいると、今度は笑いながら涙を流し始めた。
「プー! クスクス……、ヒ……
 そのまま笑い死んでしまうんじないかと思て「大丈夫?」と声をかけたけど、それすらも彼女には笑いになてしまうような感じで……
 結局その日を境に、彼女は人が変わたように明るくなたのだ。

 僕はそれから、彼女と毎日のほとんどを一緒に過ごした。
 この前みたいに屋台に出かけたし(今度は羊肉の串焼きを食べたけど、彼女はあまりお気に召さないようだた)、街の外にも出かけた。僕が街の人に頼まれた仕事についてくることもあたけれど、彼女と過ごすうちに思たのは、彼女の中で生の意識がだんだん薄くなていているということだた。
 僕が街の人に言われて薬草を摘みに出かけたとき、彼女は毒キノコに平気で触れようとしたのだ。
 僕は慌てて止めたけど、彼女は何食わぬ顔でケタケタ笑ていて。最初は知識が全く無いだけなんだと思たけど、警戒心の無さが、生への執着心を感じさせなくて。
「君は死ぬのが怖くないの」と僕は聞いた。
「うん、もういつ死んでもいいの」と彼女は言う。
 僕はなぜ彼女がそんなことを言うようになたのか、ちとも理解できなかた。
 正直、少し騙されたて気がする。
 だけど彼女がそんなことを言うようになた理由は、ほどなくして分かたのだ。
 国が攻めてきたのだ。
 彼女が国家レベルで狙われていると僕は言たけど、それを意識したのはこのときが初めてだた。
 軍隊に街が占拠され、町中の人々が身包みを剥がされて。
 煌びやかな鎧に身を包んだ集団に、僕たちは囲まれた。
 その子を渡してもらおう、とリーダーと思われる男が言た。
 結果的に言えば僕は激しく抵抗した。集団の半分を殺して、彼女を連れて逃げたのだた。有象無象の軍隊のほうはともかく、集団のほうは恐ろしく強敵で、僕は利き腕を欠損してしまた。というより、よくそれだけで済んだと思う。
 僕が腕を失くしたことについて、彼女は激しく狼狽していた。ごめんなさい、ごめんなさいと口癖みたいに何度も呟いている。
「私を殺して」
 彼女曰く、いずれにしても遠くない死は避けられない状態なのだ。もし彼女が魔法を使えるのなら、彼女の特異体質は大変重宝するものなのだけど、魔法を使えないということは、延々と処理できない爆弾を抱えているようなものだた。体が際限なく魔力を蓄え続けて、ある境を超えると爆発する。彼女ほど魔力を蓄えた例はこれまでになかたので、爆発すれば一体どの程度の被害になるか想定できない。
 本来であれば、私のような人間は判明した時点ですぐに殺されてしまうの、と彼女は言た。欲望に目が眩んだ連中が大きな「箱」を作るために、彼女を育てようとしなければ。
 早く死ななければならない。手遅れになる前に。
 僕は全く理解できなかた。理屈は分かたけれど、感情で理解できない。
「最後まで生きよう」と僕は言た。
 誰かのために誰かを殺すことは、この世で最も忌むべき行為だと思ていたのだ。それに腕を失くしたことだて、そのことに対する彼女の反応は心外だた。生きていれば僕らはいつか肉体を失う。僕は僕の選択で失くしたのだから、何かを言われる筋合いはない。
 僕は初めてのときのように、彼女を無理やり連れ回した。草原や、山や、川や、雲の船に隠れて乗て移動して……最初は戸惑ていた彼女だたけれど、しばらくするとまた前みたいに元気を取り戻した。それに、彼女の内に「生きたい」という欲望がまた湧いてきた気がしたのだ。彼女の体は留まることなく魔力を吸収し続け、肌のほとんどの部分が黒く覆われてしまた。それでも僕らは気にせず、どこまでも旅を続けることにした。
 一体どれほど長い期間を逃げ回ていただろう。
 僕はもう片方の腕も欠損して、ついでに腹に穴を開けられて動けなくなた。あの煌びやかな集団のリーダーがそうしたのだけど、彼女の蓄えていた魔力が暴走して、彼が引き連れていた集団もろとも消し飛んでしまた。
 魔力はもはや彼女の中に留まることができず、ぶくぶくと穴から水が湧き出るように噴き出していた。終わりが近いんだ、と思う。
 ありがとう、そしてごめんなさい、と彼女が言う。
 私を助けてくれて。もし助けてくれなかたら、あなたはもと長く生きられたのに。
 僕は全く後悔していなかた。
 僕を作たハカセが言ていたのだ。この世に生あるものはいつか死ぬ。たとえ生き物の命が永遠でも、世界の寿命が尽きるのだ。それが何億年か何兆年か……遠い遠い先のことだろうけど、死という宿命からは永遠に逃れられない。
 だから、頃合いを見つけて死ぬのが一番良い。
 僕は今がそのときでもいいんじないかという気がしていたのだ。
 そう言うと彼女は笑い顔になて、泣き顔になて、やがて眩い光が視界を覆た。

 ― * ― * ―

 こうして僕は彼女との旅を終えたんだ。
 今はひとりでいる。
 どうしてこんなふうに過去の出来事を振り返ることができるかていうと、何億年か、何兆年か……とにかく長い月日を越えて、僕は再び生まれたのだ。その確証はなかたけれど、本能でそう感じた。長い長い眠りの後に目覚めたのだという感触が、体の中に残ていた。
 空は高く、雷鳴が轟いていた。どす黒い雲が渦巻いて。周りは荒れ果てていて、文明というものはこの世から消滅してしまたのかもしれない。
 ぼうと辺りを眺めながら、僕は彼女のことを思い浮かべた。
 もしかしたら彼女も、僕のように再び生まれることはあるのだろうか。
 きとそんなことはないのだろうと思う。
 多分これが業てやつなんだろう。
 しばらく世界を旅してみよう。何か見つかるかもしれないし。
 時がいずれ、僕の思いを形作ていくのだろう。
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