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【BNSK】月末品評会 in てきすとぽい season 5
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空人
muomuo
 投稿時刻 : 2014.08.02 20:54
 字数 : 3669
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空人
muomuo


『ミキへ

 楽しかたよ。そして今日もキレイだ
 あしたもヒルガオがさく森のむこうで会てくれるかい  ナオキより』


……ぱり汚されてるよ。図書館の資料だたんだろうに、落書きすんなつー……
 古書店のワゴンセールで見つけた古本が、例の「死刑囚の街」から払い下げられてきたものだと知たときから覚悟はしていたが、案の定モラルもへたくれもなく落書きされていたこと以上に驚いたのは、そこでやりとりされる“恋物語”のあまりの陳腐さゆえだた。あの街の死刑囚というのは基本的に皆、いい歳のおさん・おばさん連中である。学のない者が多いということなのかもしれず、嗤う気にはならなかたもの、考えると相当に気色が悪くて怖気を催してしまた。いまどき、ジブナイルの登場人物でももう少し精神年齢は高そうだ。よもやプラトニクな関係ということでもないのだろうに、よくよく見ると、思わずこちらが赤面してしまうほど稚拙な恋文のオンパレードなのである。
「いくら安いとは言てもな……あの店主、手元に置いときたくなかただけか。……この値段じ我慢するしかないけどさ」
 しばらく読み進めていくとまた空白の多いページに差し掛かり、返答と思しき書き込みがされていた。


『なおきくん

 はなかざり、うれしか
 とてもキレイだ
 もうすぐたなばたさまですね
 わたしはすぐ会いたいです
 大すきだよ
             美き 』


「ミキ……もしかして、あの8人殺し? 稀代の悪女と言われた烏丸美樹なのか……!?」
 一昔前に世間を騒がせた毒殺魔だ。私でも覚えているほど悲惨な事件だた。本当にあの犯人がこれを書いたのだとすれば、なんとも不気味な暗号染みて感じられてくる……。確か結婚詐欺でも前科があたはずが、これはそういう手練手管なのだろうか。それとも死を前にするとどんな人間であれ、明鏡止水のごとくピアな感性を取り戻すとでもいうのだろうか……
 肝心のテキストの内容とは全く無関係の挿話が現れる度、異様な現実に引き戻されてしまうので難渋した。電車に揺られて帰る道すがらである。俗世を離れて読書に耽られる数少ないリラクスタイムが台無しだ。
「勘弁してくれよな……
 さんざん悪事を働いた死刑囚たちが“殺される”前に記していた奇妙な恋愛書簡。そういう触れ込みで売られていればそれなりに賠償金の足しにもなたのではないかと思わなくもないが、ただひそりと処分されていたというのが返て空恐ろしく迫てくる。物語の世界に戻れず困ている間、私は知らず知らずにこの書物が元いた時空に引き寄せられてしまうのだた。

  ◆

 残虐な刑罰として身体死刑が廃止され、脳の活動だけを一部停止させて「魂を殺す」精神死刑の時代になて久しい。抜け殻となた凶悪犯の体が、主を喪た状態で打ち捨てられる街がここであた。世間的には、“殺された”人間の体は植物状態のように無反応となり、ただ栄養の継続投与によて機械的に生命活動を続けるという認識が定着していたが、自分のようにこの街に勤める者なら一人の例外もなく、それが実情とはかなり異なる俗説であることを毎日目撃し、かつ秘密にし続けなければならなかた。全く奇妙な話だが、ここは世の穢れとは一番無縁な世界なのである。
「こんにちは、用務員さん」
「はい、こんにちは」
 3年前の連続無差別通り魔犯の“体”が、また挨拶をしてきた。“生前”の名は柘植直樹。世間を震撼させたあの顔が、見るも穏やかになて日課の散歩を楽しんでいるのである。恐らく被害者遺族でさえ毒気が抜かれてしまうだろう光景だ。正しく、ここに死刑囚は最早いない。全員が“殺されてくる”のである。この街を一目見てそれを疑う者はいないだろう。だが、同じ疑問を一様に口にせずにもいられなくなる。
「しかし、あれはいたい誰なんだ……?」
 演技などではないことは、街中に張り巡らされた監視カメラによる長時間の記録映像と、例外なく“ああなる”確率からも明らかだ。精神死刑の施術方法は既に確立されており、一切の苦痛を与えずに「魂を奪い取る」ことには成功している……彼らの様子を伺うかぎりそれは確かである。
 しかしそれなら「彼らは何者で、どこから来たのか」ということが次の問題になろう。原理的には植物状態そのものになてもおかしくない施術であり、そもそも所期の目標の一つは植物状態だたとも聞いている。司法行政とも関連する一部の学会では、密かに「生命の謎」として活発に議論されているらしかた。特に法医学関係者は、精神死刑の旗振り役となて利権を拡大させてきた経緯があるだけに、人権団体などに察知されて「実態はただのロボトミーではないか」などと疑義を唱えられたりする前に、真相を究明しておこうと躍起になているようである。……かく言う私も、実のところ用務員などではなく、噂を漏れ聞いて一発当ててやろうと潜り込んだフリーライターなのであるが。
「お……ちは麗しの美樹嬢じないですか」
 かの毒殺魔が小石か何かを拾い集めているのが見えた。やはり一際目を引く存在である。身なりは質素だが、鬼気迫る表情が影を潜めた分、その若さと美貌が異彩を放ち、隠しようのないものとなているからだ。整形が常態化して久しいと言われる昨今の芸能界でもこれほどのタマはいない。ここが通常の拘置所なら男女共同での収容など到底考えられないのだが、彼女がすぐ近くで住み暮らしていてなお、なんとも牧歌的な風景が広がているということ自体が、この施設の素朴な真実を象徴しているようだた。
 ……同時に改めて興味を惹かれもする。自由意思の“殺された”場所に鎮座ましますのは、いかなる存在なのか……
 法医学関係者から詳細な手順のデータを手に入れられていれば、話はもう少し簡単になるはずだた。何が起こているのか科学的に突き止めるのも、専門分野が近い人物に当たれば興味を惹く可能性は高い。実際の症例を見てきたかぎり、少なくとも開頭して跡が残るような外科的施術方法でないのは確認済みで、ロボトミーとは全く別物だ。恐らく特定のタート分子を狙うタイプの新薬か何かによる、生化学的な処置ではないかと思われる。
 一番わかりやすい仮説として挙げられていたのは、多重人格者の場合は“殺しきれない”人格が残てしまうのではないか、そして死刑囚ともなると誰もが潜在的に解離性障害の一種を患ていて、言うなればそれが、本人によて封印されていた「良心」というものなのではないか、というものだた。……私に言わせれば、わかりやすいというよりは稚気まみれの俗説そのものなのだが、世間に内情が露呈した時のためだけに用意された保身の結晶なのかもしれない。
「こんにちは、用務員のお兄さん」
「はい、こんにちは」
 美樹嬢が一礼をして通り過ぎていく。最終的な答えはまだ出せていないのだが、急ぐことはないだろう。外の世界ではとくに喪われた「清楚」という言葉も思い浮かぶ……それだけで、この街には十分な傷心旅行の価値がありそうだ。
 ……ん、清楚?
 この日初めて、自分の言葉に座りの悪さを感じて戸惑た。それは女性としての成長を感じさせる言葉であるように思えたからだ。時を止めたかというほどに変わり映えのない、繰り返される日常だけが支配するこの街で、それはついぞ感じたことのない種類の変化だた。しかし、それは何に由来したものだろう……
 まもなく思い当たたのは、ほんの些細なことだた。ちとした言い回しの変化で違和感を覚えたのである。自分自身が身元を偽ていることもあて、他人になりすます者への警戒心が過敏に働いたということだろう。ついこの前までは「おじさん」と呼ばれていた、それだけのことである。

  ◆

 元のテキストも佳境に入り、漸く風景のように気にかけなくなりつつある頃のことだた。


『ミキへ

 さみしかたよ、会えなくて
 どうかした? 体はだいじうぶですか  ナオキより』


 場違いなジブナイルの落書きは続いていたのである。溜め息をついてページを繰ると、しかし事態は急転した。すぐに返信が、それも今生の別れがあたようなのである。


『なおきくんへ

 残念だけど、美きはもう会えません
  すべての愛をこめて、不在の恋人より
                     美樹』


 烏丸美樹のほうが先に“処刑”されたようだ。やはり確定順なのだろうか。ロミオとジリエトのように運命に引き裂かれる恋人……とまではいかないが、少々哀れに思えなくもない。が……彼等の犯してきた罪を思えば当然の報いというものだろう。せめてもの救いは、その後すぐに相手の「ナオキ」も“旅立た”ということであろうか。遺言にしては何だか意味が通らない気もするが、とにかくこれで、煩わしいト書きのような挿話ともおさらばできるようだた。しかし……いずれにしてもこのテキストを読み終えたら、やぱり売るか捨てるかしようと思う。


『ああ、意識がうすれていく  、たぶん ぼくも時間なんだ
 きと思い出してしまう 何もかも  ぼく は死ぬんだ さよなら ミキ』


                         <了>
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