てきすとぽい
X
(Twitter)
で
ログイン
X
で
シェア
【BNSK】月末品評会 inてきすとぽい season 2
〔
1
〕
«
〔 作品2 〕
»
〔
3
〕
〔
4
〕
…
〔
6
〕
終わりの決定
(
犬子蓮木
)
投稿時刻 : 2014.04.29 23:45
字数 : 1937
1
2
3
4
5
投票しない
感想:1
ログインして投票
終わりの決定
犬子蓮木
「ライオンが逃げたぞー
!」
わたしは開いていた入り口からゆ
っ
くりと外に出る。太陽がまぶしい。檻の中に差しこんでくるような淡い光でもなく、人間達が用意した偽物の光でもなく、太陽からの日差しがわたしの体を温めてくれた。
人間達が騒がしい。
わたしを怖が
っ
て泣いていた格子の向こうの小さな男の子みたいだ。
いつもなら、格子の向こうでゆ
っ
くりとわたしを見ている人間達が叫び声をあげて逃げていた。大人も子供も、わめいて、叫んで、泣いて、逃げて、わたしから遠ざか
っ
ていく。
そういうことか。
本能で理解した。
あれは餌だ。
この動物園で生まれて、人間に餌をもら
っ
て生きてきた。だけどそれはやはり噂通りの屍肉であ
っ
たのだろう。鼻がひくつく。四肢で硬い地面を踏みしめて、毛を振るわせた。わたしの体がわたしに「狩れ」と命ずる。
吠えた。
人間達の悲鳴が一瞬止まる。
そして再びの大絶叫。
わたしは、一番近い人間の元へ駆けだした。
人間は走ることをやめ、地面に転がり、わたしを見たまま、震えていた。
「たすけて。たすけて」
前足を振り上げる。
「やめなさい!」
振りおろそうとしたとき、聞き慣れた声を聞いた。ず
っ
と遠くで、その声を出したのは、いつもわたしに餌をくれていた人だ
っ
た。なにかの囲いの影で、他の人間に押さえつけられながら叫んでいた。
「やめなさい! 人を傷つけたら、あなたが殺されるの!」
わたしは前足を振り下ろし目の前の人間を引き裂いた。そのまま前足で押さえつけ、肩口に噛みつく。
悲鳴が聞こえた。
あの人間だ。
わたしに餌をくれた人間。
だけど言葉はわからない。
おいしか
っ
た。
あの人間も同じようにおいしいのだろうか。
目の前に転が
っ
た人間は、もう言葉も出さず、動きもしなくな
っ
た。いつもの屍肉みたいに、それはそれはまずそうだ
っ
た。一瞬なのか。味という意味では違いはあまりないのかもしれない。ただわたしの体が、その一瞬を求めているのだ。
わたしが食事をしている間に、騒がしか
っ
た人間達はみんなどこかへ隠れてしま
っ
た。仕方がないので、ゆ
っ
くりと探すことにした。
ここは動物園という場所で、いろいろな動物たちがいる場所だというのは知
っ
ていた。だけど、歩いて眺めたことはなか
っ
た。わたしのいた場所からは他の動物たちの檻は見えず、ただ匂いや泣き声だけを知
っ
ていたのだ。
今は違う。
この動物園を歩くと、わたしがどんな立場であ
っ
たのかがよくわかる。
虎の檻があ
っ
た。
地面に体を投げ出して、虚ろな目でわたしを見ている。あれは昨日までのわたしだ。わたしもただ視界に入るだけの小さな世界を眺めて生きていた。
オランウー
タンが格子に掴みかか
っ
て騒いでいる。そちらの方に近づくとよけいにわめいた。何を考えているのだろう。わたしがどう映
っ
ているのだろう。そこから出たいのか。それともわたしに怯えているのか。
ただからか
っ
ているだけかもしれない。
あの中から出られないことを知
っ
ているのだから、あの中へ入れないことだ
っ
てわかるはずだ。
歩いていると獣の匂いに、人間の匂いが紛れているのがわかる。いろいろな建物へ隠れているのだろう。ただ、それができなか
っ
た人間もいる。
何かよくわからない板の裏に人間が隠れているのがわか
っ
た。
まだ小さい子供だろう。
わたしは舌なめずりしてから近づいて行く。すぐに食べたいという気持ちと逃げて欲しいという気持ちがあ
っ
た。結果が同じならば労力は少ない方がいいのではないかと思うが、その過程に本質があるのではないかとも思う。
少年が板の影からとびだした。
全力で走
っ
ている。
だけど遅い。
当然のことだ。
人間が、
たとえ大人であろうと、
わたしより早くなど走れはしない。
首をまわし、
空をあおぐ。
太陽がまぶしか
っ
た。
前を向き、
少年を見る。
脚はもう命令を待
っ
ている。
脳は既に命令を送
っ
ている。
一瞬のラグ。
少年はわずかすら進めていない。
わたしは、
ただ、
地面を蹴
っ
た。
すぐに追いつきそうだ。少しつまらないな、と思う。近づくにつれて、少年のかんだかい泣き声が余計に高く聞こえる。ただそんな声よりも大きな音がわたしを貫いた。
なにが起こ
っ
た?
混線している。
痛みか?
わたしは地面に横たわ
っ
た。血の臭い。煙の臭い。痛み。悲しみ。青空は見えない。餌はどこへ。オランウー
タンの笑い声が聞こえる。虎はわたしを見ているだろうか。
眠ればいいのか?
そうすれば、また、檻の中に戻ることができるのか?
否、そうはならないだろう。これが終わりなのだ。先程、わたしが人間に与えたように、人間がわたしに終わりを与えたのだ。人間は、わたしを食べるのだろうか。それならそれでいい。檻に入れておくよりは、理解できる。
あの人間の声が聞こえた。
わたしのことを呼んでいた言葉が聞こえた。
言葉の意味は、わからない。 <了>
←
前の作品へ
次の作品へ
→
1
2
3
4
5
投票しない
感想:1
ログインして投票