【BNSK】月末品評会 inてきすとぽい season 2
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終わりの決定
投稿時刻 : 2014.04.29 23:45
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終わりの決定
犬子蓮木


「ライオンが逃げたぞー!」
 わたしは開いていた入り口からゆくりと外に出る。太陽がまぶしい。檻の中に差しこんでくるような淡い光でもなく、人間達が用意した偽物の光でもなく、太陽からの日差しがわたしの体を温めてくれた。
 人間達が騒がしい。
 わたしを怖がて泣いていた格子の向こうの小さな男の子みたいだ。
 いつもなら、格子の向こうでゆくりとわたしを見ている人間達が叫び声をあげて逃げていた。大人も子供も、わめいて、叫んで、泣いて、逃げて、わたしから遠ざかていく。
 そういうことか。
 本能で理解した。
 あれは餌だ。
 この動物園で生まれて、人間に餌をもらて生きてきた。だけどそれはやはり噂通りの屍肉であたのだろう。鼻がひくつく。四肢で硬い地面を踏みしめて、毛を振るわせた。わたしの体がわたしに「狩れ」と命ずる。
 吠えた。
 人間達の悲鳴が一瞬止まる。
 そして再びの大絶叫。
 わたしは、一番近い人間の元へ駆けだした。
 人間は走ることをやめ、地面に転がり、わたしを見たまま、震えていた。
「たすけて。たすけて」
 前足を振り上げる。
「やめなさい!」
 振りおろそうとしたとき、聞き慣れた声を聞いた。ずと遠くで、その声を出したのは、いつもわたしに餌をくれていた人だた。なにかの囲いの影で、他の人間に押さえつけられながら叫んでいた。
「やめなさい! 人を傷つけたら、あなたが殺されるの!」
 わたしは前足を振り下ろし目の前の人間を引き裂いた。そのまま前足で押さえつけ、肩口に噛みつく。
 悲鳴が聞こえた。
 あの人間だ。
 わたしに餌をくれた人間。
 だけど言葉はわからない。
 おいしかた。
 あの人間も同じようにおいしいのだろうか。
 目の前に転がた人間は、もう言葉も出さず、動きもしなくなた。いつもの屍肉みたいに、それはそれはまずそうだた。一瞬なのか。味という意味では違いはあまりないのかもしれない。ただわたしの体が、その一瞬を求めているのだ。
 わたしが食事をしている間に、騒がしかた人間達はみんなどこかへ隠れてしまた。仕方がないので、ゆくりと探すことにした。
 ここは動物園という場所で、いろいろな動物たちがいる場所だというのは知ていた。だけど、歩いて眺めたことはなかた。わたしのいた場所からは他の動物たちの檻は見えず、ただ匂いや泣き声だけを知ていたのだ。
 今は違う。
 この動物園を歩くと、わたしがどんな立場であたのかがよくわかる。
 虎の檻があた。
 地面に体を投げ出して、虚ろな目でわたしを見ている。あれは昨日までのわたしだ。わたしもただ視界に入るだけの小さな世界を眺めて生きていた。
 オランウータンが格子に掴みかかて騒いでいる。そちらの方に近づくとよけいにわめいた。何を考えているのだろう。わたしがどう映ているのだろう。そこから出たいのか。それともわたしに怯えているのか。
 ただからかているだけかもしれない。
 あの中から出られないことを知ているのだから、あの中へ入れないことだてわかるはずだ。
 歩いていると獣の匂いに、人間の匂いが紛れているのがわかる。いろいろな建物へ隠れているのだろう。ただ、それができなかた人間もいる。
 何かよくわからない板の裏に人間が隠れているのがわかた。
 まだ小さい子供だろう。
 わたしは舌なめずりしてから近づいて行く。すぐに食べたいという気持ちと逃げて欲しいという気持ちがあた。結果が同じならば労力は少ない方がいいのではないかと思うが、その過程に本質があるのではないかとも思う。
 少年が板の影からとびだした。
 全力で走ている。
 だけど遅い。
 当然のことだ。
 人間が、
 たとえ大人であろうと、
 わたしより早くなど走れはしない。
 首をまわし、
 空をあおぐ。
 太陽がまぶしかた。
 前を向き、
 少年を見る。
 脚はもう命令を待ている。
 脳は既に命令を送ている。
 一瞬のラグ。
 少年はわずかすら進めていない。
 わたしは、
 ただ、
 地面を蹴た。
 すぐに追いつきそうだ。少しつまらないな、と思う。近づくにつれて、少年のかんだかい泣き声が余計に高く聞こえる。ただそんな声よりも大きな音がわたしを貫いた。
 なにが起こた?
 混線している。
 痛みか?
 わたしは地面に横たわた。血の臭い。煙の臭い。痛み。悲しみ。青空は見えない。餌はどこへ。オランウータンの笑い声が聞こえる。虎はわたしを見ているだろうか。
 眠ればいいのか?
 そうすれば、また、檻の中に戻ることができるのか?
 否、そうはならないだろう。これが終わりなのだ。先程、わたしが人間に与えたように、人間がわたしに終わりを与えたのだ。人間は、わたしを食べるのだろうか。それならそれでいい。檻に入れておくよりは、理解できる。
 あの人間の声が聞こえた。
 わたしのことを呼んでいた言葉が聞こえた。
 言葉の意味は、わからない。                     <了>
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