【BNSK】月末品評会 in てきすとぽい season 5
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空と白と箱と風
投稿時刻 : 2014.08.02 21:14
字数 : 1590
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空と白と箱と風
犬子蓮木


 とある村のとある道のわきに質素な仏像が立ていました。古ぼけた木の箱におさまて立つ、腰ほどの大きさの仏像は、村人達に愛され、日々、行き交う村人の祈りの対象となておりました。
 そんな村のある朝のこと。
「大変だ。仏像さまがいなくなた」
 勢いよくやてきた村人の言葉を聞き、多くの人間が仏像の元に向かうと、いつも村を見守ていた仏像の姿はなく、主のいなくなた箱だけが残されていました。
「盗まれたんだ」
「探せ」
「とりかえそう」
 村人達はどうにかして仏像を元の場所にもどそうとしましたが、盗まれてしまたものは見つけることができず、皆いつしかあきらめてしまいました。
 数月後のある日、ある旅人とその連れの子供が仏像のいた道へやてきました。子供は、その道の隅で集まて祈ている村人達を見て尋ねます。
「なにをしているんですか?」
 村人達の祈ている先を見ても、そこに仏像などはおりません。ただ古く汚れた箱だけがあり、その箱の前に、供え物などが置かれていました。
「祈りを捧げておるんだよ」村人が言いました。
「この箱にですか」子供は再び尋ねます。
 祈りを終えた村人が、立ち上がると子供に説明をしてくれました。
 以前はここに仏像が立ていたが、盗まれたのかいなくなてしまた。探したけれど見つからなかたので、いつしかここにあるものとして祈りを捧げるようになたのだと。
 仏様はきと見ていてくれる、と村人は半分冗談を含みつつも笑ていました。
 子供は思います。
 へんなのと。
 ですが、それでいいのかもしれないとも思いました。祈りとは捧げる対象が大切なわけではありません。この村の人間達が空の箱に祈ることで良いと考えるならば、それもまた大切なことだろうと考えたのです。
 ほんとうは戻てきたつもりだたのだけど、と以前、この村の仏像だた子供は、村人達の様子を見て、仏像に戻ることをやめ、旅を続けることにしたのでした。
 人間とはおもしろいものだ。
 もう少し、見てまわろうと。

 数年後のある日、旅人と子供がまたこの村へやてきました。仏像だた子供は、そろそろまた腰を落ち着けようか、それとも旅を続けるかを迷ていました。そのため、この村に戻てきて、村人の様子から今後を決めようと考えていました。
 そんな子供がいぜん仏像として立ていた場所に向かうと村人達が泣いておりました。
「どうしたのですか」子供が尋ねます。
「仏像様のおた箱が台風で壊れてしまたのです」
 村人達の視線の先を見ると、たしかに以前あた汚れた木箱が影もなく消えておりました。昨晩の台風でどこかへ飛ばされてしまたのでしう。もうここに仏像がいたという形跡はなにも残てはいません。
「箱がないといけないのですか?」子供は尋ねます。「あなた方は仏像が消えても祈り続けたはずでしう」
 村人達は言葉をつまらせて考えます。
 子供が戯言を言ていると怒るものがいないのは、仏像だた子供の持つ不思議な雰囲気のせいでしう。
「仏像が消えても、箱が消えても、あなた方は祈ることができずはずです」
 ここに仏像がいたという記憶は残ているのだからと。
 村人の一人が、ひざまずいて目をつむり、仏像が立ていた場所に祈りはじめました。集まていた他の村人も、ひとりまたひとりと祈りを捧げます。
 皆が目を瞑た際に、子供は旅人を風に変えて、また旅立ちました。
 もうここに戻ることはできないな、と仏像だた子供は考えたのです。

 現在、ここに仏像は立ていません。箱もなく、仏像だた子供ももうやてくることはないでしう。そうして記憶を持ていた人間も死に、伝承が途絶えた今、祈りを捧げるものは消えてしまいました。
 これでよかたのか。
 それとも仏像は戻るべきだたのか。
 答えはわからず、ただ忘れていくことだけが、世の摂理であるのだろうと、子供は風の中で笑いました。
 めでたし。めでたし。                           <了>
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