てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 10
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止まない雪
(
すずきり
)
投稿時刻 : 2015.02.28 19:21
最終更新 : 2015.02.28 19:25
字数 : 9836
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更新履歴
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2015/02/28 19:25:40
-
2015/02/28 19:21:57
止まない雪
すずきり
宗次郎は雪が降
っ
たら良いのに、と思
っ
て空を見上げた。灰色の雲は凍り付いた様に重
っ
たるく空に沈んでいた。
雪は美しい。白くて、光
っ
て、黒いアスフ
ァ
ルトも灰色のビルも嘘くさい街路樹も覆い隠してくれる。
しかし春が来て、いつも最後に残るのは、泥に混じ
っ
た、薄汚くしぶとく道ばたに溜ま
っ
た、埃みたいな雪だ。あれさえなければ雪は綺麗なのに。宗次郎はず
っ
とそう思
っ
ていた。
・・・・
「4098」
宗次郎はその数字を何度も口の中で唱えた。実際手で書くこともあ
っ
た。そのうちこの数字が、自分の身体の一部であるような気さえした。その数字は宗次郎のもう一つの名前だ
っ
た。
高く掲げられた巨大な白い紙とその上に整列する黒い数字たち。宗次郎にと
っ
てはなんの意味も持たないそれらの上を、無数の視線が這いずり回
っ
ていた。視線はレー
ザー
ポインタの様に縦横丁寧に走り、該当ナンバー
を見つけると意味も無く手元の票と掲示板の上を行
っ
たり来たりした。そしてある者はただほ
っ
と息を吐く。ある者は奇声をあげて隣に立
っ
てる人間を抱きしめる。いつまでも自分の数字を見つけられない視線が、迷子の犬の様に同じところをぐるぐると巡る。本人が運命を受け入れるまで、ぐるぐるしている。
「4071」の次が「4105」だ
っ
た。
不幸中の幸い、宗次郎の数字は見間違いが無いくらい明らかに不在だ
っ
た。宗次郎はただアメリカのコメデ
ィ
アンみたいに肩をすくめて、心の中で「期待はしてなか
っ
たさ」と呟いた。自分の希望進路があまりにもあ
っ
さりと打ち破られて、どんな顔をすればいいのか、どんな気持ちになればいいのか、宗次郎には準備が無か
っ
たのだ。方やすぐ隣では青い顔をしたダ
ッ
フルコー
トの女の子が、ピンク色の受験票を乱暴にポケ
ッ
トへ突
っ
込んで、肩を揺らして泣きじ
ゃ
くり出した。受験者たちの黒山の中で、その声はかき消されていく。大学の学生らしい男女にインタビ
ュ
ー
を受けているものがいる。別の学部の掲示板の前で胴上げをや
っ
ているものがいる。門前でテレビ局のカメラが回
っ
ている。誰も宗次郎がコメデ
ィ
アンの振りをした事を知らない。泣いて座り込む者がいる事を知らない。
宗次郎は全てが無関係にな
っ
たこの世界を見るのに耐えられなくな
っ
た。東南アジアの山奥で受け継がれて来た年に一度の珍祭を見せられているような気分だ
っ
た。声が方々から飛んで来る。人が動き回
っ
ている。しかしどの言動の意味も宗次郎にはどうしてもわからなか
っ
た。
宗次郎は受験票を四つ折りにして、人の波をかきわけて掲示板を立ち去ろうとした。しかしその右肩を掴む者があ
っ
た。
「ねえ・・・落ち込まないで。一緒に帰ろう。さあ」
フレー
ムの無い楕円の眼鏡をした彼女は、親しげにそう言
っ
た。鳶色の瞳は宗次郎を優しく見つめた。その白い手は悪いものでも祓うように宗次郎の肩を撫でた。彼女はさらに宗次郎の手を引いて歩こうとした。や
っ
と宗次郎は言
っ
た。
「あの、誰ですか?」
女性はゼンマイが回り終わ
っ
た様にがくんと停止した。そして眼鏡越しに眼を細めて宗次郎の全身を見回した。
「敦史くん?」
「いや、あの、人違いです」
彼女は繋いだ手をさ
っ
と解いて、一歩離れて小さい声で「人違いでした、すいません」と言
っ
て、俯いて足早に離れてい
っ
た。宗次郎は眼で追
っ
たが、その影はすぐ人の中に隠れて消えた。宗次郎は突然の邂逅にただ固まるしか無か
っ
た。残留した右肩の暖かい感触と右手の冷たい感触を、百人居る宗次郎の人格のうち、三十八人が丹念に味わ
っ
ていた。
大学を去りながら、宗次郎はどこかに彼女がいないか無意識に探した。幸せな祝福の声がどこでもあが
っ
ている。しかしそんなことはどうでもよか
っ
た。ただこれきりと思うにはあまりに惜しか
っ
た。「敦史くん」は誰だろうと考えた。結局、地下鉄に乗るまで諦めきれずに宗次郎はそわそわと周囲の女性の顔を覗いた。しかしあの鳶色の瞳を収めた顔はどこにも見つけられなか
っ
た。
地下鉄の同じ車両にあのダ
ッ
フルコー
トの女の子が乗
っ
ていた。涙の跡が化粧の上に浮いていた。母親らしい丸い女性が彼女の肩に触れて言
っ
た。
「この子は。受か
っ
たのに泣く事無いじ
ゃ
ないの」
宗次郎は誰にも気付かれない様にもう一度コメデ
ィ
アンの真似をした。
・・・・
「原材料不明の翼で空を飛ぶのは嫌だ」と敦史は言
っ
た。講義が始まる前の教室にはいつもより多くの出席者がいた。今日がレポー
ト提出日だからだ。敦史はモンブランの万年筆で書いた十枚に渡る時間とエネルギー
の浪費の結晶を、一枚いちまい丁寧に折
っ
て飛行機に変えていた。
「この翼がロウで出来てる事を最初から知
っ
てたら、誰も空高く飛び上がるようなマネはしなか
っ
た。安心して地上を歩くか、低空飛行してたさ」七枚目を飛行機に変えながら敦史は言
っ
た。
「皆自信満々で太陽に向か
っ
てい
っ
たな。でもすぐに降下を始めて、飛びやすい高度に落ちて来る。まだ地上を助走してる俺たちを見下しながら、まあ人生こんなもんさ、とか言
っ
て」
教室には人がひしめき合
っ
ている。いつもは三十人もいないのに、今日は七十人はいる。時間にな
っ
て教授が教室に入ると、その有様を見て、しかし呆れた様子ひとつ見せない。き
っ
と毎年こんなものなのだろう。単位に必要な事だけ済ませに彼らは大学に来る。そして社会へ飛び立
っ
て行く。それが彼らの助走の仕方、飛び方なら、誰も口出しすることはない。ただどこまで飛んで行けるか? それは彼ら次第、自分次第だ。
教授がレポー
ト提出を促すと、我先に見知らぬ顔の学生たちが教壇にレポー
トを置いて、机に戻ると見せかけて教室を出て行く。あるいは堂々と出て行く。
「俺は飛び立つ事もできそうもない。まあ、鶏に生まれた奴がいてもおかしくないと思わないか?」
敦史は十機のレポー
トたちを机に並べると、一つずつ教壇に向か
っ
て投げ始めた。
教室を出て行こうとした学生も、大人しく座
っ
ている学生も、そしてタバコ屋の飼い猫みたいに動じない教授も、舞い飛ぶ飛行機たちを見つめた。十機皆黒板へ辿り着いた。敦史は折り紙の達人だ
っ
たのかと、宗次郎だけが一人感心した。
「じ
ゃ
あな」
敦史は宗次郎に言
っ
て、手ぶらで教室を出て行
っ
た。宗次郎はその背中に「じ
ゃ
あね」と言
っ
た。それが宗次郎にと
っ
て敦史の最後の姿だ
っ
た。そして宗次郎は敦史とな
っ
た。
・・・・
敦史と宗次郎はよく似ていた。体形も髪型も、フ
ァ
ッ
シ
ョ
ンセンスも大体同じで、極めつけには同じ鞄を使
っ
ていた。
同じ鞄とい
っ
ても、メジ
ャ
ー
なブランドの鞄ではない。北関東の町にある、小さい革製品の工房だけで作
っ
ているハンドメイドの鞄だ。宗次郎が他人と同じ鞄を持ちたくなくて、マイナー
で誰も知らない様な店を探し、ようやく見つけたのがその店だ
っ
た。
他人と違うことがしたい、違うものが欲しい、というのは十代の青年にと
っ
てどうしても欠かせない欲求で、敦史もまた、同じ理由で北関東のハンドメイド鞄に目をつけた。
二人は同じ鞄を肩にかけていた。互いに唯一無二と信じている鞄を。本当は同じ鞄を持
っ
た奴が、しかも同世代に、同じ場所で存在していることを知らずに。
宗次郎も敦史も鞄をよくメンテナンスした。雨に濡れれば雨染みにならないように、そうでなくとも月に一度はオイルを塗
っ
た。日を経るにつれ鞄には小さな傷が増えてい
っ
た。落ちない汚れもついた。しかしその汚れと傷が、この鞄が世界で唯一の存在であることの証明にな
っ
た。最初硬か
っ
た革はどんどん柔らかくな
っ
て、身体になじむようにな
っ
た。まるで身体の一部のようにな
っ
た。
革製だから重いし、布に比べればどうしても硬くて容量が少ない。その上メンテナンスの手間ひまがかかる。しかし二人はこの鞄についてこう言
っ
た。「だから良いんじ
ゃ
ないか」
二人は傷を愛撫し汚れを慈しんだ。しかし宗次郎がこの鞄を持
っ
ているのを知
っ
て以来、敦史がこの鞄を持
っ
ているのを知
っ
て以来、そしてカオルが宗次郎と敦史を見間違えて以来、その鞄はただの普通のそれと大差は無くな
っ
た。
・・・・
敦史は政治経済学部で、宗次郎は文学部だ
っ
た。二人が出会
っ
たのは一年次の春、サー
クルの新歓飲み会の席だ
っ
た。
新入生が浮き足立ち、自分をアピー
ルし、先輩が先輩風を吹かしタバコを吹かし、宗次郎はただ薄暗い飲み屋で妖怪の宴に迷い込んだ心地を味わ
っ
た。ピザの皿と枝豆の皿と、空にな
っ
た何かの皿、そしてビー
ルのグラスと、カルピスサワー
のジ
ョ
ッ
キがテー
ブルの上にあ
っ
た。宗次郎は枝豆を食べる振りをしながら時の流れを待
っ
ていた。そのとき話しかけてきたのが三年生の梅宮だ
っ
た。
「宗次郎くん何してるの?」
彼女が自分の名前を覚えていることに宗次郎は驚いた。初対面で、一度しか自分の名前は口にしていないはずだ
っ
たから。一方宗次郎は、話しかけて来たのが同級生か先輩かもわからなか
っ
た。
「枝豆のさやで遊んでます」と宗次郎は答えた。
「どうや
っ
て遊ぶの?」と彼女は言
っ
た。
冗談で言
っ