サンタの逃走(あやまり堂くん)
※( )内のよみがなの他に、
「今まで何人ものサンタが逮捕されて、赤と白の服を着たおじさんたちが新年を留置所で迎える」の
「留置所」を「留置場」にしたー
。
後の文章で、留置場も出てくるのでー。
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まじめなサンタクロースがいました。
年はまだまだ若いけれど、時間にきっちりしていて、トナカイの面倒もよく見るし、何といっても、子供の欲しがるものを何一つ間違えることなく届ける、そんな立派なサンタでした。
今年もクリスマスが近づいてきました。
先輩サンタも、おじさんサンタ、おじいさんサンタたちも忙しく働くようになります。
プレゼントづくりや、きれいなラッピング。
材料費の支払い。電気、ガス、薪(まき)、水道料金の精算。
トナカイのえさ代の支払いもこの時期にまとめて済ませますし、何よりたいへんな、寄付金団体へのお礼状作成と、新年に向けての寄付金のお願いもあります。今年から、電子マネーでの寄付受付ができるようになったので、そのままの元ネタシステム調整も必要です。
それから、ここ数年でどんどん複雑になっているのは、子供のいる家や、その近所に張り巡らされた、セキュリティ・センサーの解除作業です。これをせずに、今まで何人ものサンタが逮捕されて、赤と白の服を着たおじさんたちが新年を留置場で迎える、なんてことが何度もあったので、セキュリティ対策チームは、パソコンの画面を睨みながら毎年、目を真っ赤にして頑張っているのです。
もちろんトナカイたちも、いつでも空を駆けて行けるよう、足踏み、ストレッチを欠かしません。
さて、この若いサンタも、クリスマスに向けて一生懸命、仕事をがんばっていましたが、十二月になると、だんだんと、浮かない顔付になってきました。
心配なことがあるのです。
「どうしたんだ、サン太。浮かない顔付じゃないか」
先輩サンタが、若いサン太に声をかけました。
「もうすぐクリスマス本番だ。今のうちに、しっかり休んでおかないといけないぞ」
「はい。大丈夫です」
サン太は、そう答えましたが、やっぱり心配ごとがありました。
でももうすぐクリスマス。
仕事は山積み。毎晩、残業が続いているし、サンタクロース協会のまわりも、もう雪で真っ白になっています。とても、心配ごとに構(かま)っている暇はありません。
「サン太のやつ、クリスマス・ブルーってやつかな」
「本番が近づくにつれて不安になる心理か」
「ひょっとしたら、うつ病じゃないか。セロトニンが働いてないんだ」
仕事をしながら、先輩サンタたちもあれこれ心配します。
実は、このサン太が心配しているのは、おならでした。
サン太は緊張すると、たいそう勢いの良い、おならが出てしまうのです。
しかも並たいていの、おならではありません。
去年のクリスマスでは、すやすや眠る五歳くらいの、まつ毛の長い、愛らしい女の子の頭の上で、ボフッ、とやってしまい、危うくその子がベッドから転げ落ち、泣き出してしまうところだったのです。
「僕のおならは臭くない。でも……」
大きな音で子供が目覚め、泣き出し、びっくりした親が飛び込んできて身柄確保、警察が呼ばれ、手錠かけられ留置場へ……なんてことは、サンタクロースとして、絶対にあってはいけないのです。
「何とかしなくちゃ。でも、どうしたら……」
不安になるうち、またサン太のお腹が痛くなってきて、ブッ、とおならが出ます。
忙しいうちに、時間はどんどんと過ぎていって、もうクリスマス・イブ。
ずらりと並んだサンタたちが鈴をシャンシャン鳴らして、出発式。
そして日暮れとともに、サンタたちのそりが、世界中へ出発して行きます。
サン太は、お腹とお尻を押さえながら、自分の出発順が来るのを待っていましたが、不安は強まる一方です。
「大丈夫だ。僕はできるよ。……大丈夫、去年もうまくやれたじゃないか」
そう呟いてみても、お尻の方にだんだんと、おならが蓄積(ちくせき)されて行くのが分かります。
やがてサン太もトナカイにまたがって、いざ出発、と鞭(むち)でトナカイの尻を叩こうとしたところで、今は隠居(いんきょ)している長老のサンタが、その手を止めました。
「サン太や。そりで行くのではないのかえ?」
「はっ」
サン太は、自分が競馬のジョッキーみたいに、トナカイにまたがっていることに気づいて、慌てて飛び降りました。
おならのことで頭がいっぱいになって、勘違いしてしまったのです。
「サン太や。何をそんなに心配しておるのじゃ?」
「いえ、僕は別に……」
「おまえはまじめで、良いサンタクロースだ。何も心配することはない。……だから、おならぐらい、気にすることはない」
「えっ!」
サン太はびっくりして目を丸くしますが、長老はニコニコとしたまま、
「わしも長いことサンタクロースをしてきた男じゃ。若い者が何を欲しがっているか、どうしたいかくらい、お見通しだよ」
と、そんなことを言います。
長老は、傍らの丸太へどっこらせと腰をおろし、持っていたパイプを、うまそうにくゆらせると、
「わしも若い頃は、配達中、よう屁をこいたものじゃ」
「長老も?」
「そうじゃ。だがわしは全然、平気だった」
「でも、大きな音がして、子供が起きてしまったら」
「屁をひるには、コツがあるのじゃ。溜めて溜めて溜めて、一気に出せば、そりゃあ大きな音が鳴る。だから小間切れに、ちょいちょいと、漏らして行くのじゃ。少しずつなら、大きな音も出ないじゃろ?」
「そうでしょうか?」
サン太は半信半疑でした。長老の言うとおりかもしれませんが、サン太のおならは、小間切れにしても、けっこうでかいのです。
「あと大事なのは。出発前に思いきりすることだな。ここでなら、何ぼでも大きなものをしても平気じゃ。幸い、他のサンタはみな出発した。心置きなくおならをして、それから出発すれば大丈夫じゃ」
「……そっか、そうですね。わかりました、長老!」
サン太はうれしくなって、そりから降りると、
「じゃあ出しますので、長老はそこの、もみの木にしっかりつかまっててください」
「え、木につかまる?」
「行きますよ。そーれ!」
お尻をまくったサン太は、思いきりおならを放出します。
ボガーン!!
「あひゃあ!」
今まで我慢してきた分、ものすごい威力。
辺りの雪は吹き散らされ、長老は、ものすごい彼方に吹っ飛ばされて星になってしまいました。
サン太は気分すっきり、意気揚々(いきようよう)、
「ありがとうございました、長老! プレゼント配達に行って参ります!」
びしりと星に敬礼して、トナカイのそりに乗りこむと、白い息を吐いて、受け持ち地区である日本の関東エリアへと出発したのでした。
十軒、二十軒、三十軒。
サン太は次々とプレゼントを届けて行きます。
どの子もかわいらしい寝顔で眠っていて、サン太は、明日の朝、この子たちがプレゼントを見つけてどんなふうに喜んでくれるかと思うと、自分もうれしくなってきます。
おならも、なるほど長老の言ったとおり、細かくきざんで行けば大きな音は出ません。
そりを降りて、ぷっ。
セキュリティ・アラームを解除して、ぷっ。
鍵をこじ開けて、ぷっ。
廊下を忍び足で進んで、ぷっ。
ぷっ。
ぷっ。
ぷっ。
寝静まった子供の枕元へ来る時だけは、ちょっと我慢して、そっとプレゼントを置いて部屋を出るときに、また、ぷすっ。
廊下を戻って、ぷすっ。
足あと、指紋を丁寧(ていねい)に拭き取って、ぷすっ。
ドアを開けて鍵を閉めて、ぷすっ。
セキュリティ・アラームを復旧して、ぷすっ。
そりに戻れば気が緩んで、ぷー、ぷぷぷすん。
「これなら大丈夫だ。長老の言ったとおりだ」
そうやって、サン太が楽しく百軒ほど配り終えたところでした。
とある女の子の部屋へ忍び込んだとき、
「サンタさんへ」
と書かれた手紙が、枕元に置いてあったのです。
読んでみると、
『えー、いつもお世話さまです。毎年のことでたいへんだと思いますが、がんばってお勤めいただくことを子供一同、切にお祈り申し上げております。さて、これは些少(さしょう)ながら、お使いいただければと思い、設置させていただきました。※おならの件、誰にも申しておりません。ご安心ください。かしこ』
と、丁寧なメッセージと一緒に、ワインのコルク栓が同封されていたのです。
「はっ」
と、サン太が思い出したのは、この、目の前で今ねむっている女の子こそ、去年、枕元で大きなおならをしてベッドから吹き飛ばしてしまい、親が出てきて、危うく身柄を確保されそうになった、その子ではありませんか。
もう小学生になったくらいでしょう。
相変らず、まつ毛の長い、愛らしい寝顔をしていましたが、サン太は、
「こいつ、去年の屁のことに気づいていやがった」
と、真っ