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「さて、準備はいいか?」
サグラダ・ファミリアに着くと、黒腕は自らに問い掛けるようにつぶやいた。
モテるはコンゴウのエピソード、触れてしまったは黒腕の台詞中に取り入れた。
ひとまず準備はできている。
「それにしても、これはまるで魔窟」
闇に溶け込んだ聖家族教会の威容。
それは、むしろ妖気を漂わせていた。
数々の戦地をくぐりを抜けた権兵衛だったが、足がすくのむはトイレが近いせいだけではない。
武者震いではなく、純粋な恐怖による震え。
まるでアンナ・錦ノ宮に襲われる狸吉になったかのような不安が込み上げる。
「 この建物は未だ建設中。不思議だと思わないか? 130年以上にもわたって、多くの人間がこの建物を完成させようと躍起になっている。まあ、これがガウディの魔力だ。桁違いのエゴイストだな」
「むっ、そこまでの強者ともなれば、拙者は一旦日本に戻り身を清め……」
くるりと踵を返そうとすると、たすき掛けにしたバッグのショルダーストラップを掴まれた。
すでに臨戦態勢に入ったのだろう、黒腕はシャツの袖をめくっていた。
肘から手首にかけてアザのある権兵衛に比べ、黒腕はほぼ腕全体が黒ずんでいる。
今にも闇に食われそうなその腕を見て、権兵衛は目を疑った。
「お主……、もしやその腕は限界が近いのでは?」
「まあ、この仕事まではもってくれるだろう。話し忘れていたが、モロッコの大道芸人広場でとある人物と落ち合う手はずになっている。そこまでたどり着ければ一安心だ」
「とある人物?」
「詳しい話は仕事を終えてからだ。無事に黒流しの者と会えれば、俺の腕もあんたの腕もきれいにアザが消えるだろう」
「まさかこの会話は、今後の投稿作の伏線?」
聞こえているのに聞こえないフリだった。
黒腕は工事業者用の通用門をこじ開けると、床にある隠し扉を探し当てた。
死地に赴く権兵衛の脳裏に浮かぶのは、コンゴウの無邪気な笑い顔。
ヒマワリがはじけたような健康的で明るいその表情に、権兵衛は幾度となく救われたものだった。
「気を抜くな。早速おいでなすったぜ」
階段を下り、地下室にたどり着くと、3つの影が現れた。
「ガウガウガウディーーー」
「ねむーダリー」
「ピカソウ。ピーカピカー」
ケルベロスに姿を変えた天才建築家。
妻ガラを失い無気力になったシュルーレアリスムの巨匠。
そして立方体のポケットモンスターと化したキュビスムの創始者。
比類なき天才たちは、怒りもあらわに侵入者である権兵衛と黒腕に襲いかかってきた。
「ガウガウガウガウディーー」
3つの犬の首が吠えたてる。
権兵衛は小さく悲鳴を上げた。
昔から犬が苦手なのだった。
だが、これぞ不幸中の幸い、黒腕はガウディに狙いを定めているようだった。
「やはりこいつがボスか。相手は俺がする。権兵衛さん、あんたはほかの二人を」
その刹那、ぴんと張ったダリの髭から無数の針が飛んできた。
かろうじてよけながら権兵衛は態勢を整えた。
「スペインの芸術家といえば、強烈な個性。この二人はどんな攻撃を仕掛けてくるのか」
「ねむ~~ダリ~~~」
間延びした呪文とともに、異様に脚が長い象が現れた。
あくまで自分では戦わないつもりか。
ダリの緩慢な動きをみきわめると、権兵衛は象の脚をすり抜けて接近した。
左腕で悲しみのオーラに満ちた身体に触れる。
チュッパチャプスでもしゃぶってろと囁くと、権兵衛はダリを取り込んだ。
「しまった。なんという無駄を。触れてしまったのお題は、ここでも使えたではないか」
その一瞬の油断をつき、でんげきが放たれた。
「ピーカピカー」
「ぐわっ。さすが多作かつ超高額で大成功した作家。創作エネルギー 、パネェ」
とはいえ、怯んでもいられない。
でんげきを受けて皮膚が焼け付くのを堪えながら、権兵衛はピカソを追い詰めた。
「ピーカピカー」
「うるせー。30秒で描いた絵が1万ドルとかふざけんじゃねー」
コンゴウにモテた権兵衛だが、ピカソはそれ以上である。
権兵衛の私怨ゲージがレッドゾーンを振り切った。
「ピーカピカー。ピ……カ?」
「今だ、神の左!」
ピカソの身体が砂のように崩れ、権兵衛の左腕に吸い込まれていく。
気づけば、黒腕とガウディの戦いも終わっていた。
「手ごわい相手だった。ところで、権兵衛さん、この国に来てうらやましいことが一つある」
「うらやましいこと?」
「ああ。賃貸物件を見たら、バスルームを二つ備えた部屋が結構多い。 しかも安い」
「住みたいな」
「ああ。住みたいな」
サグラダ・ファミリアを出ると、丘の上に浮かぶ月が二人を出迎えた。
次は北アフリカである。
キョウコちん(仮名)は、平気で2,3時間お風呂に入っているから、ボクちんも住みたーい。
Twitterの出没率が高いときは、たいてい長風呂しているときなのだ。
おしまい
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