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権兵衛、よみがえる
潜入するのは、この街の名所サグラダ・フ
ァミリアだという。
「待ち受けているのは、おそらく三人。ガウディ、ダリ、ピカソ。この国が生んだ芸術家たちだ」
通りすがりの食堂でランチを済ませると、黒腕はそう言った。
「彼らの創作欲が亡霊となってさまよっていると。それを祓うのが我らの仕事である、お主はそう説明しているのだな」
「仕事というよりもリハビリさ。権兵衛さん、あんたには重要な役目が待っている。まずは勘を取り戻してもらわないとな」
予想外に起伏に富んだバルセロナの街を歩く。
権兵衛ははじめて目にする欧州の景色に心を奪われていた。
海岸線に沿っていくつもの丘があり、近代的な建物が斜面に建ち並んでいる。
遠くにはピレネー山脈がうかがえ、故郷の富山の風景を思わせた。
日差しは強いが、二人はシャツの袖をめくることもない。
黒腕と名乗る男と同様、権兵衛も左腕に大きな黒いアザを持っていた。
「最終目的地は北アフリカ。ここから南へ下り、海峡を渡る。そういう話だったが」
「そう。あんたと出会ったのも運命という奴だろう」
season6において命が尽きたと思われた権兵衛だったが、隣を歩く黒腕に死を妨げられたのが十日前。
入間の駅前で息を吹き返すと、権兵衛は黒腕の従者となっていた。
「入間で死にかけた100歳のわしが、今こうして南蛮の地を訪れ歩いている。それも若きし日の身体に甦って。黒腕殿、お主は相当の術者のはず。果たしてわしの手助けなど必要なのだろうか」
「俺の術など所詮まがいもの。あんたと同じく死にかけ、助けられた時に勝手に身についただけだ。興味があるなら、第26回目本ファンタジー述べるを読んでくれ。ビルマで祓い師の修行を積んだあんたに比べれば、ガラス球の宝石も同然さ」
死の間際、やおら左腕を掴まれたことを思い出す。
無残な最期を遂げ、悪鬼と化した戦友を成仏させるため、憤りや欲望を取り込む法力を得た黒き腕。
よもや再び修羅の道に戻るとは思いもしないことだった。
「それで、黒腕殿。北アフリカのその……。なんだったかな」
「過激派組織、I am SYAN。略称IS。その首領の息子がモロッコにいるらしい。俺たちはそいつに取りついた禍々しきものを祓うのさ」
聞けばその息子の父・ヤバイは、各国のジャーナリストをさらっては首ちょんぱしてきたという。
父の暴挙に恐れをなした息子は家出をし、国中をさまよった。
だが無政府化し、日に数万の犠牲者が生まれる国である。
とある古代遺跡で野宿をした際、息子は犠牲者たちの魂に取りつかれてしまったのだ。
「恐らく父と同様、悪しきものを呼び寄せる性質なのだろうな。先の大戦もそのようにして出口を失った」
「そういうことだ。つまり息子を放置すれば、第二のI am SYANが生まれる。俺はそれを阻止する依頼を受けているわけだが、さすがに一人では荷が重いと思っていた。しかし俺の右腕とあんたの左腕。この二つが揃えば、たいていものは吸収できるだろう」
できればコンゴウへの想いを秘めたままあの世へ行きたかった。
苦々しいものを噛み潰しながら坂を上がると、フラメンコショーのポスターが目に飛び込んだ。
艶やかな衣装をまとったフラメンコダンサーは、恋仲だったコンゴウを彷彿とさせる。
思えば、人生で最高のモテ期だった。
自分のすべてをさらけだし、権兵衛を骨の髄までしゃぶるが如く欲したコンゴウ。
食べちゃいたいとまで望まれたのは、後にも先にもそれきりだ。
「ともかく後戻りはできない。俺はあんたの精に触れてしまったのだからな」
曖昧なことを口にすると、黒腕は来た道を指差した。
視線の先には、異様なフォルムの建造物がそびえていた。
「あれがサグラダ・ファミリアか。なるほど、表現とは欲の塊。取りつかれた者が至る道。だが、あれほどのものともなれば……」
「そう臆するな。思念体のように取り残された創作欲。そいつを浄土に送ってやるのが、俺とあんたの初仕事ってわけさ」
「ところで、黒腕殿。一つ教えていただきたい。ピカソやダリの創作欲ともなると、もしかして……」
「おっと、妙なことは考えるなよ。これはやるかやられるかの戦いだ」
不穏なものを嗅ぎ付けたかのように、険しい目を向ける黒腕に権兵衛は肯いた。
ちっ、若造め。
消滅する前に絵を描かせたら、ビルマにいくつの学校が建つと思っているのか、この馬鹿ちん。
そう思うとともに、だがしかしという懸念も走る。
理性を失った彼らに、芸術性を備えた作品を仕上げる能力が残されているのだろうか。
試しに権兵衛は報酬はもらえるのかと聞いてみた。
ドルで1000万だという答えに、権兵衛のモチベーションは最高値まで跳ね上がった。2 / 2
「さて、準備はいいか?」
サグラダ・ファミリアに着くと、黒腕は自らに問い掛けるようにつぶやいた。
モテるはコンゴウのエピソード、触れてしまったは黒腕の台詞中に取り入れた。
ひとまず準備はできている。
「それにしても、これはまるで魔窟」
闇に溶け込んだ聖家族教会の威容。
それは、むしろ妖気を漂わせていた。
数々の戦地をくぐりを抜けた権兵衛だったが、足がすくのむはトイレが近いせいだけではない。
武者震いではなく、純粋な恐怖による震え。
まるでアンナ・錦ノ宮に襲われる狸吉になったかのような不安が込み上げる。
「 この建物は未だ建設中。不思議だと思わないか? 130年以上にもわたって、多くの人間がこの建物を完成させようと躍起になっている。まあ、これがガウディの魔力だ。桁違いのエゴイストだな」
「むっ、そこまでの強者ともなれば、拙者は一旦日本に戻り身を清め……」
くるりと踵を返そうとすると、たすき掛けにしたバッグのショルダーストラップを掴まれた。
すでに臨戦態勢に入ったのだろう、黒腕はシャツの袖をめくっていた。
肘から手首にかけてアザのある権兵衛に比べ、黒腕はほぼ腕全体が黒ずんでいる。
今にも闇に食われそうなその腕を見て、権兵衛は目を疑った。
「お主……、もしやその腕は限界が近いのでは?」
「まあ、この仕事まではもってくれるだろう。話し忘れていたが、モロッコの大道芸人広場でとある人物と落ち合う手はずになっている。そこまでたどり着ければ一安心だ」
「とある人物?」
「詳しい話は仕事を終えてからだ。無事に黒流しの者と会えれば、俺の腕もあんたの腕もきれいにアザが消えるだろう」
「まさかこの会話は、今後の投稿作の伏線?」
聞こえているのに聞こえないフリだった。
黒腕は工事業者用の通用門をこじ開けると、床にある隠し扉を探し当てた。
死地に赴く権兵衛の脳裏に浮かぶのは、コンゴウの無邪気な笑い顔。
ヒマワリがはじけたような健康的で明るいその表情に、権兵衛は幾度となく救われたものだった。
「気を抜くな。早速おいでなすったぜ」
階段を下り、地下室にたどり着くと、3つの影が現れた。
「ガウガウガウディーーー」
「ねむーダリー」
「ピカソウ。ピーカピカー」
ケルベロスに姿を変えた天才建築家。
妻ガラを失い無気力になったシュルーレアリスムの巨匠。
そして立方体のポケットモンスターと化したキュビスムの創始者。
比類なき天才たちは、怒りもあらわに侵入者である権兵衛と黒腕に襲いかかってきた。
「ガウガウガウガウディーー」
3つの犬の首が吠えたてる。
権兵衛は小さく悲鳴を上げた。
昔から犬が苦手なのだった。
だが、これぞ不幸中の幸い、黒腕はガウディに狙いを定めているようだった。
「やはりこいつがボスか。相手は俺がする。権兵衛さん、あんたはほかの二人を」
その刹那、ぴんと張ったダリの髭から無数の針が飛んできた。
かろうじてよけながら権兵衛は態勢を整えた。
「スペインの芸術家といえば、強烈な個性。この二人はどんな攻撃を仕掛けてくるのか」
「ねむ~~ダリ~~~」
間延びした呪文とともに、異様に脚が長い象が現れた。
あくまで自分では戦わないつもりか。
ダリの緩慢な動きをみきわめると、権兵衛は象の脚をすり抜けて接近した。
左腕で悲しみのオーラに満ちた身体に触れる。
チュッパチャプスでもしゃぶってろと囁くと、権兵衛はダリを取り込んだ。
「しまった。なんという無駄を。触れてしまったのお題は、ここでも使えたではないか」
その一瞬の油断をつき、でんげきが放たれた。
「ピーカピカー」
「ぐわっ。さすが多作かつ超高額で大成功した作家。創作エネルギー 、パネェ」
とはいえ、怯んでもいられない。
でんげきを受けて皮膚が焼け付くのを堪えながら、権兵衛はピカソを追い詰めた。
「ピーカピカー」
「うるせー。30秒で描いた絵が1万ドルとかふざけんじゃねー」
コンゴウにモテた権兵衛だが、ピカソはそれ以上である。
権兵衛の私怨ゲージがレッドゾーンを振り切った。
「ピーカピカー。ピ……カ?」
「今だ、神の左!」
ピカソの身体が砂のように崩れ、権兵衛の左腕に吸い込まれていく。
気づけば、黒腕とガウディの戦いも終わっていた。
「手ごわい相手だった。ところで、権兵衛さん、この国に来てうらやましいことが一つある」
「うらやましいこと?」
「ああ。賃貸物件を見たら、バスルームを二つ備えた部屋が結構多い。 しかも安い」
「住みたいな」
「ああ。住みたいな」
サグラダ・ファミリアを出ると、丘の上に浮かぶ月が二人を出迎えた。
次は北アフリカである。
キョウコちん(仮名)は、平気で2,3時間お風呂に入っているから、ボクちんも住みたーい。
Twitterの出没率が高いときは、たいてい長風呂しているときなのだ。
おしまい