魔王(幼少期)
少年は玉座に腰かけるが、その足は床に着かず、また両の腕も容易には肘掛におさまらない。しかし少年はそのことに気分を害することもなく、堂々と、玉座にその身を沈めてみせた。
「おいおまえ」
少年が、部屋の隅で佇んでいる石像に声をかけた。声に反応して石像が動き出す。
「お呼びですか。魔王様」
彼は生きる石像であ
った。そしてこの少年のおもり役でもある。
「余は暇じゃ」
少年は、魔王である。西の空へ日が沈む一瞬間、一握りの陽光が一等星を撃ち、昼と夜の狭間に波紋が響く。空に浮かび上がった波紋を見て、魔物たちは歓喜した。魔王が生まれた報せである。
魔物たちはその日生まれた魔物の子を片っ端から調べた。コボルトの子、トロルの子、エルフの子……。しかし、いくら探しても魔王は見つからなかった。魔物を従えるだけの魔力を持った王が。
あの報せは間違いだったのか。魔物たちは落胆した。そこへひとつの報告が入った。人の街に入り込んでいたウィルオウィスプが、とてつもない魔力を放った人の子を発見したというのである。
まさか人の子が。我々の餌でしかない人から魔王が生まれるものか。懐疑の念を懐きながらも、魔物たちは街へ訪れる。そして果たして、そのこどもこそが魔王であることが判明したのであった。
「おーい、なにをもたもたしておる!」
「魔王様、私は速くは走れぬのでございます」
石像は城の庭に少年をつれてきていた。広い庭は、小さな体の少年には充分すぎる遊び場となる。石像は溜息をつきながらも背中を追いかけた。
しかし、その隙を狙う者たちがいた。少年が何かに強く頭をぶつける。そして泣き始めた。石像は慌てて少年のもとへ向かうが、それを見えない壁が妨げた。
「これは、天使の壁ではないか!」
「おやまあ博識なのね、石像のおにいさん」
声の方を見上げると、何体もの六枚羽の天使が、輪を作るようにして宙を構えていた。
「一体なんのつもりだ」
「なんのつもり? ふん、笑わせないでくれる? 訊きたいのはこっちのほうよ。人の子が魔王だなんて、あなたたち地上の魔物が認めても私たち天使が許さない」
石像が止める暇もなく、天使たちは一斉に白い魔力の槍を放り放った。
直後、天使たちは塵となっていた。
石像は硬い目を丸くする。槍を放たれた中心部では、槍の魔力を吸収し青年ほどの姿に急成長した、かつての少年の姿があった。
「魔王様……」
その光景に石像は、ただそう呟くことしかできなかったという。