天球の音楽
「ふと、夜空を見上げるとき、一種の静けさのようなものを感じはしないだろうか。宇宙をイメー
ジするとき、暗闇のない絶対無音の、静寂を想像するのではないだろうか。けれども、実際のところ、宇宙は喧騒に満ちているんだ」
彼は教え諭すような顔で僕を見る。
「宇宙線。重力波。光子、ニュートリノ、様々な粒子が飛び交い、それが地上に降り注いでいる。大半は分厚い大気に吸収されてしまうが、それでもいくらかは地上に降り注いでくる。それは煩いほどだ。勿論、人間の近くに感じ取れるのは星の光ぐらいなものだがね」
僕は、何度も聞かされた話に少々うんざりしている。
「そんな宇宙の喧騒はビッグバンの膨張の情報をもたらしてくれたり、遠く、そして過去にある宇宙の事象の情報をもたらしてくれる。けれども情報は雑多でノイズ混じり、その中から有益な情報を引き出すというのは大変な作業だよ。ある時、最初はノイズかと思われていたのだが、何やら規則性のある宇宙からの声を拾い上げることができたのだ。情報の解析が進むに従って、それが知的生命体によるものだということがわかったんだ。我々は歓喜した。歓喜するとともにその惑星の所在を確かめることにしたんだ」
何度も聞いた話。
何の感慨も感じられないほどに。
窓に映る自分の姿を見る。
頭があり胴体には二本の腕と二本の足がつながっている。
一方、目の前に座る彼の姿は固い外骨格に四本の手、これまた四本の足がついている。
「我々は君の故郷を見つけ出した。その間にも情報の解析は進み、その中に君の科学的組成情報が刻まれていることがわかった。我々の先祖にはそれを再構築するだけの科学力はなかったが、我々の世代には君を情報から再構成することができたというわけさ」
要は、僕はこの星の生命体ではないのだ。青い星から発せられた情報を元に再構成された人造人間。
青い星からの使者。たった一人の、ヒト。
「故郷へ帰してくれ」
そう懇願したこともある。だが、遠宇宙の送り出すだけの技術はなかった。
さらに、何億光年も離れているその惑星はこちらから観測できるのは過去の姿にすぎない。
つまり、もう僕の故郷はだいぶ様変わりしているだろうし、恒星の爆発に巻き込まれて消えているかもしれない。
ヒトはすでにこの宇宙から消え去っているかもしれないのだ。
だから、僕も故郷へ変えることは諦めた。
ここも悪くない。
だが、僕はいつも一人ぼっちだ。
宇宙にたった一人の、ヒトだ。