カラストンビ隊行動記録にゃらほろひれはれ♪
軟体世紀から二千年。サンゴウ、と呼ばれた私は滑水していた。
老アタリメがその名で呼ぶ時、何故か色を帯びた瞳になるのは気に入らないが、妙な愛称を付けられるよりはいい。
我々が始原の、二鰓類たる本来の姿により近い状態でインク内へ潜行潜伏し、漏斗の名残たる器官からのジ
ェット水流で地表近くを滑るように進む事を、こう呼び始めたのはいつ頃からだったか。
技術や医療には疎いが、墨汁嚢からの煙幕をインクと言い出したのも皮肉な話だ。
撃ち、射線を伸ばし、そして潜る。半液状化した自らを表皮の蠕動でさざめかせ、滑る。僅かに残った自我の欠片の様な殻はインクを流れ、武器に活力を送り込み、私を運ぶ。
武器は我々の体液組成に極めて似たナノポリマーの亜種を吐き出す水鉄砲で、太古の技術だ。タコ共、つまり地下で蠢くオクタリアンに改良されたそれは、種族を問わず体の再構成を阻害する。簡単に言えば表皮(これも概念的な物だ)が個体の形を取り辛くするのだ。水鉄砲に入っているのはインク、我々が溶けて移動するのもインク、そして我々を溶かすのもインク。インクの元は海洋生物であった頃の私達が、逃げる為に進化で勝ち得た目眩ましの墨汁嚢(スミブクロ)…。
馬鹿気た話だ。
渇水しながらも僅かに残った感覚からの情報によれば、もう行き止まりだ。インクの帯はほんの触手と吸盤の先で途切れ、”まともな”構造物に取って代わる。
勢いを殺さぬよう、全身に呼びかけて体を形作る。今や猛毒となってしまった水の代わりに、私はインクを吹き出しながら僅かな飛沫と共に飛び上がり実体化した。
「遅いぞサンゴウ」
即座に形作られたナノリキッド流体の通信機からしわがれた声が響く。
構え、チャージ。滑水。そして再び、地上。
もう何度繰り返したろう。タコ共がどんな兵器を用意しているのか分からないが、今の私にできるのはこれだけだ。
3Kスコープの銀色に輝く砲身から、粘性を持ったインクの帯が伸びる。撃ち出されたのも撃ったのもインクなら、そのトリガーを引いたのもインクの様なモノだ。
「サンゴウ、それでは味方が動き難――」
声を無視し、ラインの接点にサブウェポンを叩き込む。そしてチャージも許さず矢継ぎ早にトリガーを連打すると、退避場所を作って敵を探した。胴上にポイズンボールの気配を感じたのはその時だ。
「姉ちゃん搦み合おうぜ」
……バカ共が。
だが、こんな訓練でもないよりはマシだ。
私は黙って、銃を構えた。