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第4回 てきすとぽい杯
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大樹
茶屋
 投稿時刻 : 2013.04.13 23:20
 字数 : 1651
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大樹
茶屋


 進化系統樹というものがある。
 いわば生き物がどのように進化してきたのか樹の枝が張るような、根が枝分かれして伸びていくような形で図に表したものだ。
 大抵の場合、古いタイプの生き物ほど、枝で言えば樹の根元、根の方から見れば地面に接する幹の部分に位置し、そこから段々と色々なタイプの生物に枝分かれしていくようが描かれる。古い書物などに出てくる進化系統樹はだいたいがこのような植物、あるいは支流から本流へと川が合流していくような、そんな形で描かれていることが多い。最近では16SRNAなどの遺伝子的の乖離度合いを系統樹上の距離として具現化する手法、分子系統解析が用いられており、必ずしも木の形ではない。それはどちらかと言えば、上空から樹の枝が分岐していくのを捉えたような図、中心から枝分かれしていくタイプのものだ。

 リンダ・ミラーは空を眺めていた。
 夜空では長く横に広がた雲が速い風に吹かれて、次々と形を変えていく。雲ひとつひとつの形状変化は激しいが、マクロ的にはある程度の形を保ているようにみえる。フラクタルではないと思う。細部は混沌としていて、全体の形とは似ていない。現在の地球環境で見られる雲の形は完全にランダムではなく、いくつかのカテゴリーに分けられている。雲もまた、地球の大気環境に淘汰され、進化しているのだろうか。地球の大気が幾らか変化すればあるいは、現在の雲は淘汰され、未来の雲は全く違う形をしているのかもしれない。
 何事も、進化論的な文脈、あるいは確率論的な文脈で語ることができる。残りやすいものが、残るのだ。シンプルなものも、複雑なものも、それがその環境の中で生き残る確率が高いから残るのだ。
 私は生き残れなかた、とリンダは心の奥で呟いた。
 リンダは情報学を専攻し、アブラムシの群コミニケーンの数理モデルの研究をしていた。けれども戦争が始まり、大学に予算が回らなくなた所でリンダの恩師は他大学へ去り、研究室も解散となた。
 生き残れなかた。
 私は弱かたのだろうか?
 違う。ただ、環境の激変に翻弄されただけだ。そう、古代の恐竜のように。
 ただでさえ微かにしか見えなかた希望の星は流れ去り、戦争は終わらなかた。
 戦争が奪たのはリンダの夢だけではない。
 恋人は兵士となると言て出て行た。そばに居て欲しかた。けれども彼は国のため、家族のため、そして君のためなどといてリンダを説得にかかた。だが最終的にリンダがどうしても納得しないと悟り、置き手紙を置いて去ていた。
 手紙にはこう書かれていた。
『僕をまたなくともいい。お幸せに』
 戦争は続く。恋人を連れ去て。ハートマークを弾丸で撃ちぬいて。
 雲間に覗いた月は三日月で、ゆくりと微笑んでいるようだた。そう、あれは前回の三日月の晩だた。
 圧倒的優位に立ていたはずの軍だたが、突然本土に火の槍が降り注いだ。
 大抵は都市をそれたが、それでもその爆発の被害は大きかた。原子力でも、化学兵器でも、生物兵器でもなかたが、リンダの両親を殺すには十分な威力だた。
 戦争はまたしてもリンダから大切な何かを奪ていた。三日月の晩に。
 もう、何もかも失てしまたはずだ。
 もう、失うものなんて無い。
 雨が降る。
 降り続ける。
 いつまでも。
 雨は好きだ。
 戦争が連れてきてくれたのは雨だけだ。
 だけど戦争が終わて、雨も去ていた。
 結局、最後に残たのは太陽だけだた。
 
 進化というものは残酷だ。
 数えきれないほどの死体の山の上に生きる、たた一本の木だ。
 けれども、枝からこぼれた葉や果実、花はまた木を育てる養分になるだろう。
 例え炎で木が焼かれてしまたとしても、枝が一本でも残ていれば進化という大樹は生き残り、その枝を伸ばし、分岐させる。
 そう。
 たたひとつでも何かが残ていればいい。
 きとリンダは一本の枝を伸ばし、いくつもの枝を分岐させていくだろう。
 いくつもの形。
 いくつもの何かを、リンダは手に入れ、失い、また手に入れていくのだ。

 だからこんどは、太陽から始めよう。


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