王国で暮らす父への手紙
どういうわけか郵便配達を楽しんでいます。
知らない世界へ訪れるとき、夜明け前が特に良いと私の守り霊から教わりました。今まで見てきた世界が嘘に思えるからだそうです。嘘と言
っても、悪い意味ではないそうです。
世界が寝静まることはないそうです。昼間に賑やかな様子を見せる街が、夜が深まるにつれて静寂に包まれていく様を子どもの頃から肌で感じ、海からの冷たい夜風に当たりながらあの海の向こうにどんな世界があるのだろうかと思っていました。向こう側の世界も賑やかで明るい街があって、夜になればみんな寝静まって眠りにつく。それが常識だと思っていたのですが、こちらの世界ではそんな常識、ありませんでした。
森で暮らす妖精に、夜中になって活発に遊び回る種族がいました。昼間は眠っているわけではなく、二十四時間遊び回れる体力があるそうです。生まれてからずっと眠りにつかないで生きることもできるらしいですが、夢を見ることも遊びの一つだという教えがあるらしく、疲れたら眠るそうです。
海を渡ってこの世界に流れ着き、初めて出会った彼女と友人になりました。彼女は朝早くから郵便配達の仕事をしていて、その途中で私に出会ったそうです。彼女いわく、初めて会ったときは海族の人魚がヒレを足にして遊びに出てきたのだろうと思っていたらしいです。流れ着いた私に住む場所がないことを気付くと、すぐに宿を用意してくれました。その後、配達を終えた彼女はすぐに宿に来て、好奇心旺盛な眼差しで私にかかってきました。猫耳を生やしたすごく元気な彼女と私はすぐに打ち解け、気が付けば彼女の仕事に私は興味を抱きました。
彼女の仕事はこの島で唯一の通便配達です。ただし、私の育った世界の郵便配達とは違います。二十四時間、いつでも配達できる体力がなければ務まりません。だって、前述のように、夜中に遊ぶ妖精さんもいますし、昼間に働く犬娘もいるので。
この世界で生きていくためには働いてお金を得なければいけないので、さっそく私は彼女の仕事を手伝うようになりました。この二週間、様々な時刻に島の様々な場所を訪れて、多くの彼らに会いました。みんな私のことを珍しがって話しかけてきてくれます。しばらく私の周りで長い静けさに出会えることはなさそうです。楽しいからいいのですけど。
そんな中、今の私には夜明け前だけが静けさと出会える時間です。森も海も山も野原も、空が明るくなるとき、一瞬だけ息をひそめて明るくなった方角を見つめる隣にいた友人の表情は、やんちゃなときの彼女と違って、澄んだ眼差しで今までの彼女とは嘘のようでした。
思い付くままに、近況報告でした。
だから、私の郵便配達は彼らの時間に合わせて配達することになりました。それは彼らに比べて丈夫ではない私の身体に辛いところもあるのですが、私は不思議な彼らに会う楽しみを失うことと比べればなんてことありません。
そういうわけで、私はこの世界でもうしばらく郵便配達を続けていきたいと思います。
郵便配達の仕事をしているのですから、本当はこの手紙を私が父上に届けるべきだとは思うのですが、ちょうどそちらに行く方がいるということなので彼女に頼むことにしました。空を飛べない私が海を越えるにも一苦労なので。
しばらくしたらまた戻ります。それまでお互いにお元気でいましょうね。暗殺者に仕留められぬよう、いつも身の回りにはお気をつけてくださいね。今の父上にはそんな心配もないでしょうが。母上は相変らず忙しそうだと聞きました。お暇なときにこの手紙を見せて差し上げてください。では、ごきげんよう。