我ながらホレボレする文体を自慢する大賞
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ヒマラヤのイルカ(長編しんみり系)
投稿時刻 : 2013.05.05 23:19
字数 : 2623
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ヒマラヤのイルカ(長編しんみり系)
伝説の企画屋しゃん


(ボクちんは主催者なので、この作品は投票対象外でよろー

 映画を観終わて通りに出ると、ぼくの息が詰また。
 強烈な暑さと湿気が待ていた。エントランスから一歩外に踏み出すときに覚悟はしたが、やはり冷房のきいた館内に後ずさりしたくなる。梅雨明けの酷暑に加えて、新宿の街は買い物や遊びに来た人たちでいぱいだ。歩道は混雑をきわめ、それを前にするぼくは鈍い頭痛に襲われた。休日の繁華街には、どうしても馴染めないものがある。
「やぱり土曜なんかに来るもんじないな。街中がサウナになているよ。最悪だ」
 聞き流してほしかたのだが、沙希は路上を歩きながらつい漏らしたぼくの呟きに、すねた顔を向けた。
「夏、はじまたばかりなんだよ。これくらいでバテてどうするの」
「おれ、東京の端こで生まれ育たけど、新宿とか渋谷の雑踏て苦手なんだよ。騒音とか人ごみに圧倒されて、立ているだけで疲れる」
 そして、オーブンにでも放り込まれみたいな激しい暑さ。ビルの谷間からのぞく空はぞとするほど青く、終末的なものさえ感じさせた。
「だて映画が観たかたんだもん。車で出掛けるのも楽しいけど、たまには新鮮でしう。こういうのも」
 新鮮などころか気が滅入るばかりだたが、ぼくはなにも言わず曖昧に肯いた。これだけ人が集まているのなら、たいていの人にとてはこの混雑も許容範囲内ということだ。ぼくが偏屈なだけなのかもしれない。
「どこかで冷たいものでも飲もう」
 このまま街を歩き回る気にはなれなかた。背中の汗が鬱陶しい。Tシツが貼り付いて、不快指数がじりじりとあがた。
 ぼくとは対照的に、沙希の足取りは軽かた。まるで春先の高原にでもいるかのように、一歩先をリズミカルに歩いている。沙希の耳には、品のない街の騒音も届いていないようだた。
 彼女は、通りすがりの女性のパンツが可愛いとか、いま着ている服にあのシウインドウのサンダルは似合うと思うか、などと言ていた。ぼくはだるい体を引きずりながら、なんとか形のある言葉を寄せ集めようと努力した。
「そんなことを考えているうちに、いずれ夏は終わうんじないか。そして秋になれば、また同じことを考える。結局のところ、フンは想像して楽しむものなんだよ」
「だからさ、一緒に想像してて言ているんだけど、私」
 それもそうかと反省はしたものの、通りすがりの女性がはいていたパンツはどこかに消え、シウインドウのサンダルも通り過ぎてしまていた。ぼくにはそれらの色や形に対する記憶がないから、想像するにもすでに手遅れだた。
「じあ、次からそうするよ」
 沙希は、次からそうしろよと言て笑た。
 やがて靖国通りから何本か路地を入たところに、こぢんまりとしたカフを見つけた。店内にいる人たちは、クルーズ船に乗ているみたいに涼しげにお喋りをしている。その姿に誘われてなかに入ると、ほどよく冷房がきいていた。ぼくたちは、いちばん奥のテーブルに座た。
「文也はなにを頼む?」
「とにかく氷の入た飲み物なら、なんでもいい」
 メニも見ないで、ぼくは答えた。
「たとえば、どんなもの?」
「アイスコーヒー
 沙希は水を持てきたウエイターに、アイスコーヒーをふたつ頼んだ。いつもはぼくのほうが注文を沙希に確認しているのだが、その店に入たときは熱中症の数歩手前にいて、飲み物を決める意思さえ猛暑に溶かされていたのだ。
 アイスコーヒーを飲んで、なんとか気力と体力を回復すると、ぼくたちはさき観た映画について話し合た。といても、ぼくはたまにハリウド作を観るくらいで、評論ができるほど映画に詳しくもないから、感想を述べるとしてもふたつしかない。つまらないか、面白いかのどちらかだ。
「なかなか面白い映画だた」ぼくは言た。「ヒマニズムものはあまり観ないけど、たまにはいいな。ちと感動した」
 大ヒトしたわけではないが、映画はまずまずの出来といえた。家族の交流を描いたもので、ラスト近くになると館内ではすすり泣く声が漏れていた。つくり方も丁寧だたし、何年かすると、あれはいいストーリーたなと思い返すこともあるだろう。
「また行こうね。こうして二人で外を歩くのも楽しいと思うし。それにさ、街歩きてわりと運動になるんだよ。車に頼てばかりいると、足腰が衰えちうんだから」
「運動になるのは悪くないけど、今度はもう少し涼しい日がいいな」
 沙希はテーブルの反対側から手を伸ばし、ぼくの鼻をつまんだ。たぶん少しは話を合わせろという意思表示なのだろう。
 ふだんのぼくたちは、車に乗て休日を過ごしている。通勤以外で電車に乗ることは、滅多にない。なぜなら、ぼくが人ごみを苦手にしているからだ。でもこの日は、沙希が上映終了間際の映画をどうしても観たいというので、電車に乗て新宿に出てきた。運転席と助手席以外のシートで、お互い隣に座るのは久しぶりのことだた。沙希はいつも運転させているからと、ぼくの分の映画代も払てくれた。
「ところでさ、おれ明日伊豆に行く用事があるんだ。じいちんの頼みで、向こうにいる叔父さんに会わないといけない」
 業務報告のようなつもりで、ぼくは沙希に明日の日曜の予定を告げた。
「おじいさんの? 伊豆に叔父さんがいるなんてはじめて聞いた」
 ストローをグラスのなかでかき回しながら、沙希が言た。氷がカラカラと澄んだ音を立てていた。
「親父の弟なんだよ。子供の頃は一緒に住んでいたから、叔父さんというより兄貴みたいなものなんだ。年齢も十歳ちがいだし、タラちんとカツオくんみたいな関係かな。コウちて、おれは呼んでいたんだ。でもちとした事情があて、ずと音信不通でさ。会うのは七年ぶり」
「へえ。じあ、十七歳のときから会てないんだ。ねえ、おじいさんは元気になたの?」
 沙希に訊かれてはじめて、自分が余計なことを話しているのだと気がついた。ぼくが明日コウちんに会いに行くことは、沙希が知らなくてもいいこと、というよりは積極的に教える類のものではない。きと映画の家族ドラマに触発されたのだろう。本音をさらすと、ぼくは明日コウちんに会うのが憂鬱でたまらなかたのだ。
「うん、まあ。じいちんは、自分でも悟ているよ。だから家に戻てきたんだ」
 ぼくがじいちんの余命が短いことをほのめかすと、沙希ははとした顔をして口に手をあてた。
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