こうじゃないでしょ!
この春から佐伯里香は私と同じ東桃李高校文芸部のメンバー
になった。廃部寸前の文芸部と漫研とが合体してできた文芸部は、当然ながら文芸部系と漫研系とが同居している。高校としては文芸部には存続して欲しいけれど、怪しげなオタク集団と目されている漫研はできれば消えてなくなって欲しい。文芸部顧問の強引な勧誘と、漫研の名ばかり顧問のやる気のなさの結果、今年の勧誘期間終了時点での部員数は文芸部2名・漫研4名だった。
えてしてそういうものだ。
看板を文芸部にしたのは学校側のおぼえがめでたい方が何かと好都合なのと、漫研の名前が消えてなくなった方が教師側は喜ぶからだった。初めのうち、文芸部顧問は漫研メンバーを文芸部系に引きずり込めると踏んでいたけれど、そうはいかなかった。そもそも漫研メンバーは文芸部顧問に何の関心も持っていなかった。漫研部員同士、活発に話しているように見えるけれど、会話ではなくすべて言い捨てだった。文芸部的なことを強制しようものならただちに退部しようとする。5・7・5で形だけは作れる俳句でも、という顧問の野望はたちまち潰えて、文芸部系の2人だけを相手に内輪の世界に籠った。
同人誌名は文芸部の「星菫だより」は漫研系に一蹴されて「アステルパーム」になった。顧問は色をなしたが伝統ある「星菫だより」がBLイラストと百合マンガに占められることを考えて我に返った。A4プリントに文芸部系2名と顧問による詩と短歌を印刷したものを「星菫だより」として配布することで落ち着いた。
文芸部系の私・樋口佳織は、煙草臭い顧問の長話に辟易すると元漫研の「文芸部」部室へ行った。そこでは里香たちが漫画を読んだり話したりしていた。私が入って行っても話は止まらない。そもそも会話ではないのだから。この雰囲気が気味悪がられて教師はもちろん一般生徒は寄り付きもしない。「汚いサンクチュアリ」と勝手に呼んでいた。空いたパイプ椅子に腰を下ろし、iPodで耳を塞いで文庫本を開く。顧問の勧める現代詩にはげんなりしていた。活字を追っていると時間が消える。
ふと視線を感じた。里香と目が合う。ノートに向かって何かをデッサンしていた。目を凝らす。私のバストアップだった。
「なにしてるの」
「いやー、今度の『アステ』に載せる百合マンガに樋口さん使おうと思って」
理解するのに一瞬の間が入る。
「ちょ、やめてよ! やだよそんなの」
里香は丸顔に浮かべた笑みを翳らせる。
「そういう、いかにも傷ついたみたいな芝居はいいから」
「絶対いい感じになるよ」
「私が良くない!」
声を荒げてひとしきり戦った末、私をモデルにした百合マンガは描かないことを約束してもらった。
文化祭前日。
印刷できた「アステルパーム」を渡された。そこには、私がモデルの少年同士のBLイラストと、2編の百合小説、そして明らかに私そっくりのヒロインが顧問教師といろいろするマンガが載っていた。タイトルは「同床異夢」。
「約束通り、樋口さんモデルの百合マンガは描かなかったからね」
反論できなかった。
呆然とする私に、里香は悪びれもせず「でも、けっこう頑張ったんだよ。読んでね」と言う。
印刷上がりの「星菫だより」には顧問の指導で仕上げた私の詩「ピエタ」が載っている。後ろ手に持った束を握り締めて、もう一度「アステルパーム」を初めから読み始める。
里香の視線を眉間に感じる。
口絵の中では、私そっくりの男の子が制服の胸元から手を入れられて、恍惚の表情を浮かべていた。手の位置が、ちょっとヘンだ。これじゃ肋骨の下のところにしか届かない。顔が熱くなる。思わず顔を上げて、目を輝かせた里香に向かって叫ぶ。
「こうじゃないでしょ!」