I did not say what I did not say.
これは言葉ではない。文章でもなければ、無論物語でも小説でもない。意味などあるはずもなく、認識されることもない。リアルではないが、フ
ィクションと呼ぶべきものでもない。これは存在しない。
語っているのは私ではないが、だからと言ってあなたであるとは言えない。彼の名はあなたではなく、彼女の名は私ではない。そもそも誰も語ってなどいない。
過去でもなく、未来でも現在でもない。
それは鼠色をした薄気味悪い雲がどんよりと空を覆いつくした日ではなかったが、痛いほどに燦々と太陽が輝く日でもなかった。
風はなかったし、風が吹いていないわけでもなかった。
少女でも老女でもない君は、その日僕に出会わなかったし、彼と彼女と私とあなたは何ら事件に出会うことはなかった。
例えば死体は死んでいなかったし、死者は蘇りもしない。密室死者蘇生事件ともいうべき陰惨な連続復活事件は死者たちの間で話題になることもなければ、犯人がその謎を解き、探偵を追い詰めることもできなかった。
例えば正世界に純生しなかった愚者が目くるめく冒険の旅で仲間達を次々に消し去り、平和だった世界に魔王を呼び出すようなことは決して起こりえなかった。
例えば反物質で構成された反時空で反主人公が現実からやってくる侵略者に対抗するために、自らの認識系を改良し時間を逆行する非演算的な戦闘の中で対消滅を起こすこともなかった。
例えば羽柴秀吉との合戦に勝利した明智光秀に対して織田信長が謀反を起こし、天下統一に王手をかけた信長の大軍勢を今川義元が寡兵にて本陣に奇襲をかけて打ち取るという歴史もなかった。
例えば性別が無数にある世界では男と女が出会い、恋をし、愛を語る可能性はほぼなかった。
僕たちと君たちは結局出会わず、何も始まらなかった。だから彼らと彼女たちが悲しい別れを経験することもない。恋も憎悪もなく、だからと言って決して平穏で平坦というわけでもない。
ただ君に恋せず、彼とともに旅立たず、私を殺すこともないだけ。
我々が語らない、語られなかった、語りえることのない物語には主義主張も信念も、問題も娯楽すら存在しなかった。
遺されることも、伝えられることもなく、生まれ得なかったのだから消えることもない。
これは言葉ではない。文章でもなければ、無論物語でも小説でもない。意味などあるはずもなく、認識されることもない。リアルではないが、フィクションと呼ぶべきものでもない。これは存在しない。