第34回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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その流れにゆだねて
投稿時刻 : 2016.08.21 19:18
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その流れにゆだねて
白取よしひと


「俺は死ぬる」
 
 最上の川は庄内平野を太く貫き海に至る。その悠々とした流れの中、私はひとりの老爺に身を託していた。頬被りと蓑で身を包んだこの翁は、柳の葉にも似た頼りなげな舟を巧に操り瀬を躱した。これは死出の旅。白河まで出張り幕軍に殉じた父の跡を追うのだ。舟が大きく揺れる度、父より受け継いだ脇差と守り袋に手をあてた。
 
それにしても寡黙な爺だ。漸くトロ場に入り吉之助は思た。
「頼む」
「どこまで行きなさる」
交わした言葉はこれくらいのものだ。川幅が広がると、流れはいよいよ緩くなる。川岸に群れる名も知らぬしらとりが目に鮮やかだ。
 
「酒井公の陣に参られるのか」
その言葉は、喉元にあてられた匕首の様にひやり響く。
「ま。その様なものじ
私は虚勢の高笑いを上げた。
 
奥州防衛の要であた白河が落ちてより東北諸侯は乱れた。血判の契りも空しく寝返りが相次いでいる。吉之助の主家である上杉も然りだ。忠義を貫き、奮戦しているのは今や會津と庄内のみと言て良いだろう。父上の死は何だたのか。幕府に特別な思い入れがある訳ではない。しかし右往左往し態度を翻す諸侯に比べ、一途を貫いた父の誠は美しい。只それだけである。
 
「こたら流れ続くだで、横さなればえ
正直、昼夜問わず遠路米沢から歩き通しだた。疲労が溜まり、この流れに乗てからは瞼が落ちそうだ。庄内に至り身動きもままならないでは役に立つまい。
私は「忝い」と断り体を横たえた。
思いは頭を巡る。しかし、疲れの為か間も無く眠りに落ちた。
 
 揺れが誠に心地良い。瞼を開けると、空は乳を塗した様に白く濁ている。霞が出ているのか。そうだ舟に乗ていたのだ。吉之助は気合を入れ重い体を起こした。船頭の姿がない。独り漂う吉之助は霧の中で言葉を失た。
 
 船頭は舟を岸に寄せると、蓑を揺らし飛び降りた。そして舟を舫るでもなく足でゆくりと追いやる。
吉之助を乗せた舟はゆくり流れに戻り霧に溶けて行く。船頭はその姿が消えるまで霧を見詰めた。ここまで下たのだ、舟は間違いなく海まで出るだろう。櫂は残してきた。
あとはあの若侍の運次第だ。
 
「あたらだ細せこして」
思わず言葉を漏らした。死地に向う若者が不憫でならなかたのだ。船頭は白濁に呑まれ既に姿を消した吉之助に手を合わせた。
「生きてけろ」
 
 生きろと船頭は舟を流した。その計らいが死出の旅を変えるに至たのか。それは霧すら知らないのかも知れない。
 
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