わらうひと
あるところに、美しいなだらかな海にかこまれて、ぽつりとうかぶ島がありました。そこには、家族のように身をよせあ
ってくらす、ちいさな村があります。その村の人びとは、とてもふしぎなことに、あべこべなのです。何があべこべかと言うと、村びとたちは悲しいことがあったときには笑い、うれしいときに泣くのです。そういうわけですから、はじめてこの村をおとずれるたび人は、びっくりしてしまうのでした。
どうして、こんなふしぎなことがあるのでしょう。じつは、こんなおはなしがあるのです。
むかし、この島には、とてもうつくしいおひめさまがいました。たいへん、りっぱなおひめさまで、いつもたみのことを考え、ぜいたくは決してしないで、とてもまずしいくらしをおくっていました。たみがうえてしまわないよう、おしろのたべものをぜんぶ、くばってしまったのです。
あるとき、おひめさまは言いました。
「わたしは、王女。どんなつらいことでも、たえなければなりません」
おそう式があると、それがどんな夜遅くても、かならずその家に行って、おくやみを言い、またあるときは、たみのけっこん式にもしゅっせきしました。おひめさまの子どもがしんで、悲しみにくれているときでも、にこにこと笑ってしゅくふくしました。そんなおひめさまのことを、たみはとてもしたっていました。
ところが、そんなたみ思いのおひめさまは、くにをのっとろうと、たくらんでいたひとたちによって、悪ものにされてしまいます。
「あくぎゃくひどうの女王」
そんなうわさが広まって、たみの中に、おひさまを悪くいう人が出てきてしまいます。それでも、おひめさまはおいわい事があると、たみの家に行って、やはりにこにこと笑うのでした。
このたみ思いのおひめさまを、いったい、だれが悪く言えるというのでしょう。
おひめさまは、くにを立てなおそうと、けんめいにがんばりますが、たみの心はどんどんはなれていってしまい、ついに、おひめさまは捕らえられてしまいました。そして、おおぜいのたみの前で、しょけいされることになった日。おひめさまははじめて、泣きました。いつも、自分の思う通りに気持ちをあらわせなかったおひめさまは、この日、はじめて本当の気持ちをあらわせたのでした。
このおはなしが、この村の人びとにとって、どういういみを持つのかは、わかりません。けれど、今日もまた、村の人たちは、悲しいときに笑い、楽しいときに泣くのでした。