こくはく
千紘さんはうつむいたまま、黙り込んでいる。
ぼくの耳の奥で鼓動が鳴り響いていた。
好きだというのは単なる意思の表明でしかない、と誰かが言
った。付き合って欲しいというのは要求にすぎない、と。ぼくと付き合えばこんないいことがあるよ、というのを、直截言わずに伝えられればそれが告白になる。
だからここ3週間の間にぼくたちは4回デートした。
最初は近くのポテチンスタジオジャパンへ行った。事前にアトラクションをリサーチして、楽しめそうなものを待ち時間も考慮して組み合わせた。園内で食事をして、いいくらいの時間にお開きにした。
次は映画だった。特撮のリメイクアニメで、話題になっていたやつだ。ヒロインをすぐに殺すので有名な脚本家が起用されていたということで期待していたけれど、想像以上だった。まだ観ていない人もいるだろうからネタバレはやめておく。
3回目はドライブだった。姉貴を拝み倒して貸してもらったインプレッサStiで山へ行った。折からの猛暑で街はいたたまれなかったけれど、標高が上がるにつれてエアコンOFFにして窓を開けると風が身体を涼しげに攫って行った。ぼくは不慣れな6MTに集中して、何も憶えていない。
そして今日、紫外線を避けつつ自然公園に散歩に来た。池の鴨や園内の猫を相手に写メを取ったりベンチで休んだりした。
そして日が傾き始めたころ、意を決して言った。
「こんなふうに会うのは終わりにしよう」
笑顔になってくれればなにもいらない、と思った。園内でも風の通る、いちばんいい場所のベンチだった。
千紘さんはぼくを見た。
「こんなふうに会うのを?」
うん、とうなずく。固唾を飲む、というのは物凄くリアルな表現だ、と思った。
「私も嫌だよ」
自転車に乗った家族連れが通りかかる。小学生くらいの男の子が倒れ、泣き出し、宥められ、再び出発するまでのほぼ5分間、会話は中断した。
「キスもしない、抱き締めてもくれない、部屋にも誘ってくれない。そんなあなたといっしょになんかいたくないよ」
たぶん一生、忘れられない言葉だった。
千紘さんの横顔が影に溶けてゆく。
そのまま、どのくらいの時が経ったのだろうか。
ぼくと千紘さんは付き合い始めていた。
愛の女神の嫉妬を買わないよう、告白のときにはお互いに決して本当のことは言わないこと、というのがこの国の習慣だった。
だから、あの日の千紘さんの最後の言葉は、いま思い出してもドキドキしてしまう。
内緒だけどね。