てきすとぽい
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第36回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・紅〉
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リカちゃん迷路
(
大沢愛
)
投稿時刻 : 2016.12.10 23:20
最終更新 : 2016.12.10 23:50
字数 : 4682
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-
2016/12/10 23:50:38
-
2016/12/10 23:20:28
リカちゃん迷路
大沢愛
夜空から雪は降
っ
ていない。そのかわり、こぼれるような星空だ
っ
た。凍える戸外から窓ガラス一枚を隔てて、私はぼんやりと部屋の真ん中に座り込んでいた。
クリスマスイブだ
っ
た。
実際には彼氏・彼女がいるのは全体の三割くらいなのに、町中がこぞ
っ
てカ
ッ
プル推しに我を忘れている気がした。
だ
っ
てカ
ッ
プルは、お金を使う。
それも無意味な使い方をする。
どう考えても不釣り合いなアクセやらブランドものやらをカー
ド払いで買い込んで、どう見てもゲフンゲフンな相手に贈
っ
たりする。
さらに、味なんて分か
っ
ち
ゃ
いねー
だろ的な相手を連れて高級レストランへ行
っ
たりする。マク〇ナルドを喜んで食べられる舌に本格フレンチの味が理解できるわけもないけれど、お店の方も心得たもので、こ
っ
そりソー
スにマヨネー
ズを入れたりして客のニー
ズと経費節減の両立を図
っ
たりする。
こんなにありがたい存在がちやほやされるのは当然だ。
ちなみに、私の今夜のデ
ィ
ナー
は、ゆで卵と油揚げとチー
ズだ。
油揚げはフライパンで焼いて、すりおろした生姜と刻み葱を添えて、だし醤油をかけている。糖質制限ダイエ
ッ
ト的に申し分のないメニ
ュ
ー
だ。もちろんご飯やパンなんて糖質は摂らない。「くりすますけー
き」などという、どこをどう取
っ
ても糖質と脂肪しかない悪魔の食べ物をわざわざ買
っ
てくるやつの気がしれない。もちろん、回転寿司でシ
ャ
リを残して湯呑みに突
っ
込む輩は死ねばいい。いま、こうしている間にも、全国のお寿司屋さんでそんな暴挙が行われているかと思うと、雪の代わりに除草剤を降らせたくなる。
そこまできて、私のテンシ
ョ
ンは急激に落ち込んだ。
除草剤を撒いても、カ
ッ
プルはどこかにしけこんでいて無事だろう。ひとりでのこのこ歩いている私みたいなのがまとめて害をこうむるだけだ。そもそも、クリスマスにお金を使おうとしないなんて、どこからも必要とされていない証拠だ。糖質カ
ッ
トでナイスバデ
ィ
を手に入れた
っ
て、見せる相手は脱衣場の鏡だけだ。お寿司屋さんであたりかまわずシ
ャ
リを残して粋が
っ
ている性格ひん曲が
っ
たキ
ャ
バ嬢にも完敗している、と思うと、もはや身の置き所がない気がしてくる。
淋しいよ。
思わず言葉が出る。そのとたんに、なんだか涙が出てきた。泣こうと思
っ
ての涙は意外と平気だ。あ
っ
と思
っ
たときにもう、ぽたぽた流れてしま
っ
ている涙
っ
て、収めるのに時間がかかる。
でも平気かも。どうせひとりだし。
近所のドラ
ッ
グストアの福引で当た
っ
たテ
ィ
ッ
シ
ュ
ペー
パー
を引き抜いて、洟をかむ。ゴミ箱に投げる。縁に当た
っ
て、カー
ペ
ッ
トの上に落ちた。放
っ
ておこう、としかけて、それをや
っ
たらおしまいな気がした。膝で這
っ
て行
っ
て拾い上げたテ
ィ
ッ
シ
ュ
を改めてゴミ箱へトスした。
入らない。
一〇センチほどの距離だ
っ
たのに。
なんだかもう、ゴミ箱にまで馬鹿にされている気がして蹴飛ばしそうになる。
拾い上げたテ
ィ
ッ
シ
ュ
で涙を拭い、もう一度投げる。重くな
っ
たのが幸いしたのか、今度は真ん中に収ま
っ
た。収ま
っ
たら収ま
っ
たで、や
っ
ぱり馬鹿にされている気がする。自分でももう駄目なのが分かる。淋しいよう。カー
ペ
ッ
トに落ちそうな涙と洟を、分厚く重な
っ
たままのテ
ィ
ッ
シ
ュ
で受けながら、私は声を殺して泣き出した。
着信音Aが鳴り始める。おかしい。だ
っ
て私のスマー
トフ
ォ
ンの電話帳には一人も記載していない。もしかすると、必要以上に勤勉なセー
ルスマンか、精神的に不安定なカモを狙
っ
ての詐欺か。
着信音は続いている。もしかすると、このスマホに掛か
っ
て来るのは初めてかもしれない。そ
っ
と取り上げて、通話をタ
ッ
チする。耳に当てればいいんだよね? おそるおそる、私は顔を寄せた。
「もしもし、私リカち
ゃ
ん。いま、駅前にいるの」
……
え?
なんでこの番号を知
っ
ているんだろう。ち
ゃ
んとドコモに通話料を支払
っ
ているんだろうか。いや、そういう問題じ
ゃ
ないのは分か
っ
ているんだけど。
「ねえ、いまから遊びに行
っ
てもいい? 楽しく遊びまし
ょ
。待
っ
ててね」
それだけ言うと、通話は切れた。私はしばらく固ま
っ
ていた。なんなの、これ? あの、すこしずつ近寄
っ
てきて、最後は背後に立
っ
て殺す
っ
ていう、あのリカち
ゃ
ん人形、よね? なんでそんなホラー
世界の住民が私の所へ来るの。でも、リカち
ゃ
ん、遊びに来てくれるんだ。楽しく
っ
て、なにすればいいのかな。や
っ
ぱり、お茶とお菓子は用意すべきよね。どうしよう、私の家にお客様なんて、はじめてだよ。
ツ
ッ
コミどころ満載のことを考えていると、またまた着信音Aだ。
「もしもし、私リカち
ゃ
ん。いま、重合薬局の前にいるの」
……
え
っ
?
あの、さ
っ
きより遠くな
っ
てるんだけど。それ
っ
て逆方向じ
ゃ
ん!
「そうなの? わか
っ
た。反対側に行
っ
てみるね。遊びまし
ょ
。待
っ
ててね」
電話が切れた。怖さよりもなんだか落ち着かなくな
っ
た。遊びに来る
っ
て言うのに、方向間違えてどうするの。スマホの番号はきちんと押さえているんだから、住所くらいは間違えないでよ、もう。
しばらくして、手のひらの中で着信音Aが鳴り始めた。
「もしもし、私リカち
ゃ
ん。いま、ドー
ナツ屋さんの前にいるの」
おい
っ
!? いつのまに線路の反対側に行
っ
た? 微妙に近づいていなくもないけれど、そ
っ
ちは北口側で、私の家は南口側だよ!
「そうなの? わか
っ
た。もう一回、線路を越えてみるね。遊びまし
ょ
。待
っ
ててね」
線路を渡るときはち
ゃ
んと踏切を渡
っ
てね、と言うと、うん、と答えて電話が切れる。
……
心配だ。こんなにトロいリカち
ゃ
んのことだ。電車にはねられたりしないだろうか。それよりも、酔客に蹴られたり、車だ
っ
て、自転車だ
っ
て。
お茶を用意するのも忘れてスマホを見つめる。やがて、着信音Aが。
「もしもし、私リカち
ゃ
ん。いま、重合薬局の前にいるの」
戻
っ
ち
ゃ
っ
たよ! 振り出しだよ! でも、遠くな
っ
たわけじ
ゃ
ないし、リカち
ゃ
んだ
っ
て頑張
っ
ているんだし、怒
っ
ち